建築学科の教室へ入った瞬間から、空気がおかしかった。
「おはよー」
「西澤、おは……」
声を掛けてきたやつが、途中でにやっと笑う。
「彼女と順調?」
「……は?」
席へ着く間にも、
「昨日見たよ」
「教育の真田さんだろ?」
「意外だったわ」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
「想」
逸晟が笑いをこらえながら近付いてきた。
「有名人じゃん」
「笑うな」
「無理」
肩を震わせながら笑っている。
「朝から女子がすげぇ聞いてきたぞ」
“西澤くんって彼女いたんだね”
“いつから付き合ってるの?”
“紹介してよ”
「……面倒」
俺は机へ鞄を置き、大きく息をついた。
「で?」
逸晟が机にもたれかかる。
「どうすんの」
「何が」
「否定する?」
その言葉に手が止まる。
否定する。
それが一番簡単だ。
“昨日は事情があっただけ”
そう説明すれば済む。
……でも。
昨日の湊都の顔が頭に浮かぶ。
“俺、諦めないからな”
あいつは本当にまた来る。
今ここで否定したら。
次に困るのは茉桜だ。
「……しない」
小さく答える。
「しばらくは」
逸晟は少しだけ驚いた顔をした。
「へぇ」
「意外」
「何が」
「お前、自分の噂とか一番嫌いじゃん」
図星だった。
正直、面倒だ。
聞かれるのも、冷やかされるのも。
全部鬱陶しい。
それでも。
「……あいつが困る方が面倒」
ぽつりと漏れた言葉に、自分で少し驚く。
逸晟は数秒黙ったあと、小さく笑った。
「重症だな」
「……何が」
「いや、まだ分かってないならいいや」
意味が分からず眉をひそめる。
逸晟はそれ以上何も言わず、自分の席へ戻っていった。
俺だけが、腑に落ちないまま教科書を開く。
