気付けば、隣にいた  - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -



大学からの帰り道。

ほとんど会話はなかった。

俺は茉桜の少し前を歩く。

握っていた手は、駅へ着く前には離した。

あのまま繋いでいる理由もなかったからだ。


「……さっき」


後ろから小さな声がする。


「ありがとう」


立ち止まる。

振り返ると、茉桜は少し困ったように笑っていた。


「あの場で助けてくれて」

「……別に」


短く返す。


「ああでも言わないと終わらないと思っただけ」


それは嘘じゃない。

あいつは引かなかった。

だから、ああ言うしかなかった。


「でも」


茉桜は少しだけ目を伏せる。


「付き合ってるって……」

「ああ」

「ごめん」


先に謝る。


「勝手に言った」

「ううん」


茉桜は首を横に振った。


「助かった」


その一言だけ残して、また歩き出す。

俺も何も言わず後を追う。

家までの道は静かだった。

帰宅しても、希遥も柊弥もまだ帰っていない。


「ただいま」

「……ただいま」


それぞれ自分の部屋へ向かう。

それで終わるはずだった。

部屋へ入り、模型を机へ置く。

カッターマットを広げる。

定規を置く。

いつもなら、そのまま作業を始める。

なのに今日は、手が止まったままだ。


「……何やってんだ俺」


小さく呟く。

付き合ってる。

なんであんな言葉が出た。


「近付くな」


それだけでよかった。


「迷惑だ」


そう言えば済んだ話だった。

それなのに。

気付けば、あの言葉が口をついていた。

思い出す。

驚いた茉桜の表情。

少しだけ熱かった手。

ぎこちなく重なった指先。


「……」


無意識に、自分の右手へ視線が落ちる。

さっきまで誰かの温もりがあった気がして。

そんなわけないのに。

俺らしくない。

そう思って、ひとつ息を吐く。

それでも。

もし、また同じことが起きたら。

俺はきっと、また迷わず、茉桜の隣へ立つ。

そして。

同じ嘘をつくんだろう。