人の流れの中を歩きながら、雅人と二人きりになった広哉が、堪えきれないように口を開いた。
「お前たちきっかけで集まってきた奴ら、あっちこっちでどんどんいい感じのカップル出来上がってんのに」
肩をすくめ、大げさにため息をつく。
「まったくお前らの奥手なことといったら……」
雅人は苦笑した。
「ようちゃんには好きな人がいるんだから、他のヤツらとは違うよ」
その言葉に、広哉は足を止めそうになる。
「ほんとにいるの? そんなやつ」
「いるよ、たぶん」
「本人に聞いたの?」
「聞いてはないけど……」
広哉は呆れたように雅人の横顔を見る。
「今日会ったら聞いてみたら?」
「あおるな」
即答だった。
「焦れったいんだよ。お前たち見てると」
雅人は返事をしなかった。
けれど心の中では、同じことを思っていた。
自分でも、どうしてこんなに進めないのかわからない。
ただ、陽の前に立つと、何もかも慎重になってしまう。
やっと、こうして話ができるようになったのに。
挨拶を交わせる。
隣に座って笑い合える。
LINEを送れば返事がくる。
そんな当たり前のことが、少し前までの雅人には夢みたいな出来事だった。
それなのに。
変に告白なんかして、もし振られたら。
気まずくなって、今の距離まで失ってしまったら。
それだけは、どうしても避けたかった。
だったら、このままでいい。
友達としてそばにいて、陽の笑顔を見ていられるなら。
何気ない会話に一喜一憂して、たまに隣を歩けるだけでも十分だと、自分に言い聞かせる。
けれど、その一方で。
笑っている顔も。
ふと黙る横顔も。
誰かに向けるやさしさも。
全部、自分のものにしたいと思ってしまう。
男に声をかけられれば嫉妬する。
知らない先輩の名前が出るだけで胸がざわつく。
独占したいくせに、踏み込む勇気はない。
ため息しか出なかった。
情けない、と雅人は思う。
こんなに好きなのに。
こんなに好きだからこそ、何もできない。
広哉が、ふいに真面目な声で言った。
「その好きな人ってさ、自分だとは思わないの?」
雅人は間を置かずに答えた。
「思わないよ」
強がりではなかった。
本心だった。
広哉は眉を上げる。
「なんで?」
雅人は少しだけ視線を落とし、歩きながら静かに続けた。
「だって、去年の11月だよ。知り合ったの」
落ち葉の舞う歩道に目をやる。
「ずいぶん前に、星に願ってるって言ってたじゃん」
あの日、隣の席の女子たちが話していた言葉を思い出す。
好きかもしれない人に、彼女がいませんように。
「俺も、その姿見かけたことあるし」
講義棟の前。
夕暮れの空の下。
ひとり立ち止まり、静かに夜空を見上げていた横顔。
「今でも時々、空見上げてるし」
だから、と雅人は笑った。
「俺じゃないことは確かなんだよ」
言葉にした途端、その現実味が胸に落ちてくる。
自分ではない誰かに、陽はずっと想いを向けていた。
その事実が、改めて苦しかった。
広哉はしばらく黙ったまま歩き、やがて小さく息をついた。
「そっかぁ」
けれど広哉の目には、陽が好きなのは雅人にしか見えなかった。
雅人が視線を向ければ嬉しそうに笑うこと。
雅人の言葉だけに頬を染めること。
気づけばいつも雅人を探していること。
それでも、雅人には自信がない。
自信を持てないだけの、確かな理由があった。
「どうしたもんかね」

