今日から大学が始まる。
体調はすっかり戻っていた。
けれど、寝込んでいた間に少し痩せた身体だけが、冬休みの長さを物語っていた。
鏡の前で何度も襟元を整え、陽は新しいコートに袖を通す。
会えるかどうかも分からない。
それでも、もし会えたなら。
そんな気持ちだけで、いつもより少し早く家を出た。
冷たい朝の空気。
吐く息は白く、街はまだ眠たそうに静かだった。
駅に着き、改札を抜ける。
胸は落ち着かないまま、陽は駅前のカフェへ向かった。
扉に手をかけようとした、その瞬間だった。
「ようちゃん!」
背後から、息を切らした声が飛んできた。
振り向くと、そこには雅人がいた。
肩で息をしながら、少し乱れた前髪のまま立っている。
陽は目を丸くした。
「電車降りたら見えたから」
「え? あっちから走ってきたの?」
雅人は答える代わりに、苦しそうに笑った。
その姿がおかしくて、陽は思わずくすくすと笑ってしまう。
冬休みのあいだ、何度も会いたいと思っていた人が、今、目の前にいる。
夢みたいだった。
雅人は呼吸を整えながら、カフェの看板を指さした。
「一人なら、一緒にお茶しない?」
断る理由なんて、ひとつもなかった。
ずっと、会いたかった。
病み上がりの陽は、温かなハーブティーを注文した。
湯気がゆらゆらと立ちのぼり、柑橘と草花のやさしい香りがふたりの間に広がる。
向かいに座った雅人は、落ち着かない様子で何度も陽を見ていた。
「ようちゃん、久しぶりだね。学校で全然会わなかったね。行ってた? 休み何してたの? 少し痩せた?」
言葉が次々あふれて、止まらない。
陽はカップに手を添えたまま、くすっと笑った。
「まさとくん、質問多い」
雅人ははっとして、少し照れたように笑う。
「ごめん」
陽は湯気越しに雅人を見ながら、やわらかく答えた。
「年末から体調崩しちゃって。寝てたら終わってた」
「そうなの?」
雅人の眉が寄る。
「なんか痩せたなって思ってた」
「両親、旅行行っててずっといなかったから。ひとりで、ちょっとだけ辛かった」
その言葉に、雅人の視線が静かに揺れた。
「一人だったの?」
何気ない調子を装いながら、その声にはほんの少しだけ確かめるような響きが混じっていた。
陽は気づかず頷く。
「うん。親いないから1人だったよ。」
カップを持ち上げ、ひとくち飲む。
「体調よくなってきてからは、レポートに追われてて。だから今日は久しぶりの外出なの」
陽は、人に頼るのが苦手なんだ。
弱っていても、寂しくても、ひとりで何とかしようとする。
雅人はその横顔を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
会いたくてたまらなかった人が、今、目の前にいる。
それだけで、この冬のすべてが報われる気がした。
「まさとくんは、何してたの?」
誰とどこで過ごしたの。
好きな人はいるの。
恋人はいるの。
本当は、聞きたいことが山ほどあった。
けれど陽は、その全部を飲み込んで、何でもない顔でカップを置いた。
雅人は少し考えるように視線を上げ、それから笑った。
「ヨーロッパを旅してきた」
「そうなの? 誰と?」
思わず、声が早くなる。
雅人はその反応がおかしかったのか、肩を揺らして笑った。
「一人旅」
陽の胸の奥が、ふっと軽くなる。
「大学受験終わったら、色んなとこ行きたいと思ってて。入学前は休みあんまりなかったから、近場で台湾と韓国」
指を折るようにしながら続ける。
「夏休みはベトナムとインド行ったよ」
「すごいね、一人で」
心から感心しながら、陽は別の意味でも安心していた。
一人でよかった。
「写真ある?」
そう言うと、雅人は鞄からノートパソコンを取り出し、テーブルの上で開いた。
画面に異国の街並みが映し出される。
丸いテーブルを挟んで向かいに座っていた陽は、もっと見やすいように椅子をそっと引いた。
木の床を擦る小さな音。
次の瞬間、陽は雅人の隣にいた。
体調はすっかり戻っていた。
けれど、寝込んでいた間に少し痩せた身体だけが、冬休みの長さを物語っていた。
鏡の前で何度も襟元を整え、陽は新しいコートに袖を通す。
会えるかどうかも分からない。
それでも、もし会えたなら。
そんな気持ちだけで、いつもより少し早く家を出た。
冷たい朝の空気。
吐く息は白く、街はまだ眠たそうに静かだった。
駅に着き、改札を抜ける。
胸は落ち着かないまま、陽は駅前のカフェへ向かった。
扉に手をかけようとした、その瞬間だった。
「ようちゃん!」
背後から、息を切らした声が飛んできた。
振り向くと、そこには雅人がいた。
肩で息をしながら、少し乱れた前髪のまま立っている。
陽は目を丸くした。
「電車降りたら見えたから」
「え? あっちから走ってきたの?」
雅人は答える代わりに、苦しそうに笑った。
その姿がおかしくて、陽は思わずくすくすと笑ってしまう。
冬休みのあいだ、何度も会いたいと思っていた人が、今、目の前にいる。
夢みたいだった。
雅人は呼吸を整えながら、カフェの看板を指さした。
「一人なら、一緒にお茶しない?」
断る理由なんて、ひとつもなかった。
ずっと、会いたかった。
病み上がりの陽は、温かなハーブティーを注文した。
湯気がゆらゆらと立ちのぼり、柑橘と草花のやさしい香りがふたりの間に広がる。
向かいに座った雅人は、落ち着かない様子で何度も陽を見ていた。
「ようちゃん、久しぶりだね。学校で全然会わなかったね。行ってた? 休み何してたの? 少し痩せた?」
言葉が次々あふれて、止まらない。
陽はカップに手を添えたまま、くすっと笑った。
「まさとくん、質問多い」
雅人ははっとして、少し照れたように笑う。
「ごめん」
陽は湯気越しに雅人を見ながら、やわらかく答えた。
「年末から体調崩しちゃって。寝てたら終わってた」
「そうなの?」
雅人の眉が寄る。
「なんか痩せたなって思ってた」
「両親、旅行行っててずっといなかったから。ひとりで、ちょっとだけ辛かった」
その言葉に、雅人の視線が静かに揺れた。
「一人だったの?」
何気ない調子を装いながら、その声にはほんの少しだけ確かめるような響きが混じっていた。
陽は気づかず頷く。
「うん。親いないから1人だったよ。」
カップを持ち上げ、ひとくち飲む。
「体調よくなってきてからは、レポートに追われてて。だから今日は久しぶりの外出なの」
陽は、人に頼るのが苦手なんだ。
弱っていても、寂しくても、ひとりで何とかしようとする。
雅人はその横顔を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
会いたくてたまらなかった人が、今、目の前にいる。
それだけで、この冬のすべてが報われる気がした。
「まさとくんは、何してたの?」
誰とどこで過ごしたの。
好きな人はいるの。
恋人はいるの。
本当は、聞きたいことが山ほどあった。
けれど陽は、その全部を飲み込んで、何でもない顔でカップを置いた。
雅人は少し考えるように視線を上げ、それから笑った。
「ヨーロッパを旅してきた」
「そうなの? 誰と?」
思わず、声が早くなる。
雅人はその反応がおかしかったのか、肩を揺らして笑った。
「一人旅」
陽の胸の奥が、ふっと軽くなる。
「大学受験終わったら、色んなとこ行きたいと思ってて。入学前は休みあんまりなかったから、近場で台湾と韓国」
指を折るようにしながら続ける。
「夏休みはベトナムとインド行ったよ」
「すごいね、一人で」
心から感心しながら、陽は別の意味でも安心していた。
一人でよかった。
「写真ある?」
そう言うと、雅人は鞄からノートパソコンを取り出し、テーブルの上で開いた。
画面に異国の街並みが映し出される。
丸いテーブルを挟んで向かいに座っていた陽は、もっと見やすいように椅子をそっと引いた。
木の床を擦る小さな音。
次の瞬間、陽は雅人の隣にいた。

