真昼の星空

「まさくんが選んだワインもコーヒーも飲んでみたいな。」

素直な声だった。

雅人が少し笑う。

「今飲んでるワイン。」

陽がグラスを見る。

「え?」

「それ俺の。」

驚く陽。

「ここ。」

雅人が少しだけ照れながら言う。

「俺のお客さんの店。」

陽が雅人を見る。

「そうなの?…すごいじゃん。」

雅人が首を振る。

「俺が凄いんじゃなくて。農園の人たちが凄い。」


昔からこういう人だった。

陽はワインをもう一口飲む。

「美味しい。」

正直な感想。

雅人が少し嬉しそう。

「ようちゃん好きだと思った。」

その一言で。

10年が消える。

陽は思う。

(変わってない)

大人になった。

でも、中身は同じ。それが一番危ない。
また好きになるから。
陽がフォークを置く。

「お料理も美味しいね。」

もう一口食べてから言う。

「とってもいいレストラン。」

雅人が少し安心した顔をする。

「よかった。」

それだけ。
自慢もしない。

陽は思う。

(昔からこうだった)

結果だけ見せる人。努力は見せない人。

陽が聞く。

「こういうお店いっぱい知ってるの?」

雅人が笑う。

「仕事柄ね。でもここは特別。」

「なんで?」

少し間。

「ようちゃん連れてきたかったから。」

陽の手が止まる。

10年前もそうだった。

いいお店を見つけると連れていかれた。

「ここ絶対好きだから」

そう言って。

陽は思う。

(ずるいな)

懐かしいことを自然にする。
心が戻りそうになる。
だから、陽は少し距離を取るように言う。

「でもさ。まさくん。」

雅人が顔を上げる。

「昨日会ったばっかだよ?」

現実の言葉。

でも雅人は笑う。

「10年ぶりだよ。」

その一言で。

時間の重さが変わる。

「わかってる。」

雅人が静かに言う。

「昨日会ったばっかりってのも。」

少し笑う。

「でもさ。俺、帰国して2年経ってる。」

陽が顔を上げる。

「その時ようちゃん見つかってたら彼氏いて、普通に玉砕してたと思う。」

陽が少し笑う。

「そうかもね。」

雅人も笑う。

でもすぐ真面目な顔になる。

「でも。昨日会えたのは。運命だと思う。」

陽は何も言えない。
まっすぐすぎるから。
逃げ場がない。

雅人は続ける。

「俺さ。海外で色んな景色見た。色んな人にも会った。でも。」

陽を見る。

「ようちゃん以上に好きになれる人に出会えなかった。」

陽が少し笑う。

「25歳のままの私に幻想抱きすぎかもよ?」

クスクス笑う。

昔と同じ笑い方。
雅人が見惚れそうになるのを止める。

陽は続ける。

「今の私知ったら幻滅されるかも。それにさっき話した話も…もう幻滅されてるかも。」

雅人がすぐ言おうとする。

でも陽が先に言う。

「10年分の私たち。」

少し真面目な目。

「ちゃんと知ってから。その話しよう。」

逃げてない。でも急がない。
大人の答え。
雅人は少しだけ安心する。

(可能性ゼロじゃない)

それだけで十分だった。

「わかった。」

雅人が言う。

「じゃあ。また会ってくれる?」

陽は少し考える。

少しだけ間。

「……考えとく。」


陽が静かに言う。

「わかるよ。」

雅人が顔を上げる。

「まさくんが経験取るか。私取るか。そんなの。」

少し笑う。

「どっちも間違ってないし。」

否定じゃない。責めてもいない。
ただ受け入れている。10年かけて。

「結果。」

少しだけ間。

「10年経って。今が正解なら。」

雅人を見る。

「それでいいんだよ。」

静かな声。

でも。

10年前には言えなかった言葉。

雅人は思う。

(大人になったな)

でも同時に思う。

(俺がいなかった10年だ)

少しだけ寂しい。でも嬉しい。
この人はちゃんと生きてきた。

俺がいなくても。