Fahrenheit -華氏- Ⅲ


ウチヤマさんに手を握られながら、でも決して嫌悪感は抱かなかった。だって彼の手はどこまでも優しくてあたたかったから。


離したい……けれど―――


「でね~、こないだ出来た駅前のチーズケーキのお店」


「ああ、私もオープンのときに並んだわ」


と女性二人の声が聞こえて、あたしは慌ててウチヤマさんから手を抜いた。


ウチヤマさんも何事もなかったように、きっちりと頭を下げ


「お帰りなさいませ、タカギ様、タナカ様」と挨拶をする。


見覚えのあるご夫人がた。


二人は一瞬眉間に寄せ、あたしに敵意のような、そしてほんの少しの下卑た野次馬的視線を向けてきた。


あたしは濡れた髪をバッグから取り出したハンドタオルで拭いながら


「それでは」とウチヤマさんとイシカワさんに挨拶をして、エレベーターを昇った。


きっと今頃、ウチヤマさんとあたしとの関係を色々噂しているに違いない。彼女たちはあたしの部屋の階下に住むひとたちだった。


階が上がるごとに部屋の価値もあがる。


別に、あたしは人を見下したつもりはないのに、彼女たちにとってはそれがコンプレックスなのだろう、あたしのことを影で色々噂しているのは知っている。


『女ってマウントを取りたがる生き物だからさ、気にすることないよ』啓は笑って言ってたっけ。


別に……気にはしていないけれど、今は彼の声が―――記憶が――気になる。


11月直前の雨は薄手のコートを羽織っていたからと言っても、流石に体温を奪っていった。


急に寒気を覚えて、あたしは慌てて服を脱ぎ熱めのシャワーを浴びた。


体が温まってシャワールームから出て、バスローブだけを羽織り、


けれどシャワーに当たり過ぎたのか今度は喉が渇いて、濡れた髪を乾かす前に冷蔵庫の中を開けて水でも飲もうかと思った。


冷蔵庫の中、最初に目についたのが―――


啓がお気に入りのメーカーの缶ビールだった。