Fahrenheit -華氏- Ⅲ



心音と話し合っているとあっという間に六本木に到着した。


時間にして30分弱と言うところだ。


しかし30分の間、傘もささず電話をしながら歩いている女は傍から見て不気味だろうが、通行人の視線を気にしている余裕なんてなかった。


けれど、ここでは流石に…


「ごめん、心音。あたしマンションに着いたからまた連絡する」


と言い置き、通話を切った。


(恐らく)遅番のウチヤマさんが例の如く


「お帰りなさい……」言いかけた言葉を詰まらせ


「い、いかがされましたか!?柏木さまっ」といつも冷静沈着な彼にしては珍しく取り乱して(?)いる様子だった。


「ごくろうさまですウチヤマさん。すみません、傘を持って無くて…」


手短に説明すると


「お風邪を召されます。イシカワくん!柏木さまにタオルを!」


とカウンター内に同じく控えていたイシカワさんを呼び寄せた。


「いえ、本当に大丈夫ですので」慌てて手で制し、「あ、すみません。このままじゃロビーを汚してしまいますね、すぐ上がります」とあたしは高い天井を指さし。


いつもは言葉も少な目に「かしこまりました」とだけ頷くウチヤマさんは今日ばかりはあたしの携帯を持ったままの手を掴んできて




「大丈夫―――と言う顔ではありませんが」




と酷く切なそうに眉を寄せ、あたしを見下ろしている。


ウチヤマさんの手は―――啓の温度と少し似ている。


「大丈夫―――…です」


今はそう言うのが精一杯。


本当は全然『大丈夫じゃない』


同じ温もりを感じて、でも決して同じものじゃない。


ウチヤマさんの纏っている香りは、種類は似ているけれど


啓の香りじゃ




ない。