その指先が私を誘惑する〜絡めた指先に翻弄されて〜

 次の日出社すると、専務は何事もなかったかのようにいつも通り出社している

 「おはようございます」と言う声も辿々しく自分を取り繕うことも儘ならないのに、専務は涼しい顔で「おはよう」と返すだけだった
 専務と専務付きの秘書の恋愛なんて、隠さなければならない最重要事項だ。特にヴェールに包まれて謎の多いと言われている秘書課は秘密保持に努めなければならない事が多かった

 分かってはいても、氷壁のプリンスの相変わらずの冷たさに昨日の事は幻のだったのではないかとすら思えて寂しく感じてしまう

 「羽山くん。これから出かけたい。下に車を出してくれ」
  
 徐に落ち込んでしまっている私に専務が後ろから声をかけた

 「はい。分かりました。私も同行しますか⁇」
 
 思わず期待を含んだ弾んだ声で答えてしまう私は側から見たら分かりやすく周りから怪しまれてしまっても無理はない

 「いや。今日は同行はいい。1人で行く」

 自分も同行するとばかり思っていたのに心底恥ずかしくなった
 
 「…分かりました。お車を下に回します」

 今まで自分が同行しなかった事などないくらいだったのに、今日の専務はまるで私を突き放すそうに冷たく感じる

 「…そうですか。畏まりました。下に車を手配します」

 明らかに落ち込んでいるのがバレしまわないか不安になるくらい私はショックを受けていた

 下に車を回すと、専務は早々に車に乗り込んで行ってしまった
 
 まるで昨日の事が嘘だったように素っ気ない冷たい態度の専務の背中を、寂しい気持ちで見送った