あなたの小説を売ってください


夏の残暑が未だに残る10月の秋。

隣町の駅の中、設置されたベンチに腰かけてパタパタと手で顔をあおいだ。

辺りは風もなく、蒸し暑い。

私は視線を下へと向けた。


「…小説は…全部この中に入れたよね」


手にはあの時と同じ、大きな茶封筒を持っている。

中を確認して、安堵のため息を吐いた。

大丈夫、ちゃんと揃っている。

あとはこれを小説買取人に渡して、そして…。

頭の中でこれから行うべき行動を思い浮かべ、もう一度よく考える。

ようやくこの日が来たんだ。

乙葉のためにも、今日で決めなきゃ。

失敗はできない。

締め切りまでの“一ヶ月”という期限は、今の私には酷く長い期間に思えた。

学校も体調不良を装ってなるべく休み、ひたすら小説を書く日々。

毎日徹夜をしながらの作業。

無理をしたけど、そのおかげで短編小説を多く完成させる事ができたのは大きい。


「…もうすぐ待ち合わせの時間…」


茶封筒を握る手のひらがじんわりと汗ばみ、その部分に僅かなシミを残す。

周りを行き交う人の声、足音、駅構内の店から流れる賑やかな音楽。

だけど今は、その中のどれよりも自分の心臓の鼓動がうるさく耳に響いている。

ふとドクンと脈打つ音の向こうで聞こえた、小さな音を耳が拾った。

こちらに近づくそれに、一際大きく心臓が跳ね上がる。

コツンと上品な革靴の音がして、気配が目の前で止まった。

私は顔を上げる。