あなたの小説を売ってください


『あーあ、こんな事なら中編小説をもう一作書いておくんだったなぁ…なんてね』


「よかったね、乙葉」


何はともあれ、二度目の小説買取人との接触でも危険な目に合う事はなく終わったみたいでホッとした。

それに…それだけのお金が手に入れば、しばらくは乙葉が小説買取人に会う機会もなくなるだろう。

この時は、そう思っていた。

数日後。

中休みの教室。

机の上でリングノートを開いて頭を悩ませる乙葉に私は声をかけた。


「乙葉、また小説を書いてるの?」


「うん、そーなんだ…」


私の言葉に乙葉が頷く。

視線はノートに向けられたまま、私と目が合う事はない。

水の中に黒いインクを一滴こぼしたように、モヤモヤが胸に広がっていく。

ここ数日…正確には二回目の小説買取人との取り引きの後から、乙葉はずっとこの調子だった。

お金はもうたくさんあるのに…まだ小説を買い取ってもらう気らしい。


「ねえ、麻希…どうやったらもっと効率的に小説を書けると思う?」


クラスメイト達の笑い声が響く教室の中、乙葉が小さく呟いた。

私は髪の毛を耳にかけて首を傾げる。


「どういう事?」


「ほら、アタシってもう短編と中編は書けたでしょ?でも長編がどうしても書けなくて…途中で飽きて中だるみしちゃうっていうか」


乙葉の手元にあるノートは、何度も書き直した後が残っている。

物語の始まりすら書けないほど苦労している様子だった。