私を振った同級生ドクターの距離が近すぎます!〜もしかして、私のこと好きですか〜

「――で、検診で同級生の内診をしそうになっちゃったらしいぜ! でもこれって産婦人科医あるあるなんだよな、蒼真ぁ?」

ここは駅近の低層の高級マンション。そう、鳴海くんの自宅だ。

二人で花火を見ていい雰囲気のまま部屋に入った私を待っていたのは、酒に酔って聞きたくもないことを面白おかしく話す我聞だった。

「我聞っっ、オマエってやつはっ!」

慌てた鳴海くんが口を塞ごうとするが、すでに出来上がっている我聞はなすがままグデングデン。私は居たたまれなくて、正座のまま顔を真っ赤にして聞き流すしかなかった。

「……鳴海くん、そういうこと、我聞に言っちゃったんだ……」

か細い声でこぼすと、

「ちっ違う! 俺はあんな言い方はしていない! 藤川に偶然再会したのが嬉しくて、酒の席でつい我聞に言いたくなって。でも名前は出してないし、下心も一切ない!」

顔を赤らめて弁明し、最後は頭を下げた。

我聞は半目のまま、もうすぐ寝落ちしそうだ。きっと明日には覚えていない。

……我聞の奴め、人の話を拡散しすぎ!

こんなふうに慌てる鳴海くんを見るのは初めてで、少しだけ可愛いと思ってしまう。あまりに申し訳なさそうで、これ以上は触れないことにした。

「鳴海くんを信じるよ」
「ありがとう。でも不愉快な思いをさせたら、本当にすまない」
「鳴海くんは医師の仕事をしただけだよ。我聞が面白く話しすぎるの」

私は我聞のほっぺを軽くつついた。ぽわんとしたまま反応がなくて、思わず笑ってしまう。鳴海くんもつられて笑った。

そのまま我聞は床に寝転がった。

 これは……ここで寝る

私は慌てて大きな体を揺らす。

「ちょっと、ここで寝ないで! 帰るよ!」
「俺……ここで寝て帰る……」
「なに言ってるの。鳴海くんに迷惑でしょ。それに、なんでこんなに酔ってるの?」

ぽてっとした腹部を軽く叩く。もうほとんど母親の気分だ。

「俺さー、今日、大口の契約でさー。手土産の高級メロン電車に忘れてさー。でも営業先で盛り上がって飲んで、契約も取れてー。帰りに駅行ったらメロン届いててー。俺、今日ついてるんだおー」

言葉もおぼつかないままメロンを抱え、次の瞬間にはいびきをかき始めた。

「うそ……寝た……」

メロン抱えて他人の家で爆睡って、どれだけ幸せなのよ。

「大人しくなったな……今のうちに口を縫合してやろうか」

思わぬ冗談に吹き出した。

「麻酔なし?」
「藤川のほうが拷問だよ」

笑い合う。

鳴海くんがメロンを持ち上げた。

「食べちゃおうか」
「いいの?」
「いいよ。我聞は俺の冷蔵庫をフリーフード扱いだから」

掲げてニンマリ笑う。カットされたメロンを並んで食べる。初恋の人の家で、こんなふうに隣に座るなんて想像もしなかった。

「このメロン、すごく甘くて美味しいね」
思わず目が丸くなる。
「営業で鍛えたフルーツの目利きは伊達じゃないな」
鳴海くんも感心したように頷いた。
「これからは我聞に買ってもらおう。私よりセンスある」

「我聞とは家も近いんだよね?」
「うん、背中合わせ。真後ろが我聞の家」

「……羨ましいな」

ぽつりと落ちた一言。

「そう? 普段はがさつで結構めんどくさいよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「なに?」

(なにが羨ましいの?)

視線を向けると、鳴海くんは少しだけ目を逸らした。

「我聞、クーラーで風邪ひくな。何か掛けてやるか」

そう言って席を立つ。二人の時間が終わる気がして、私はスプーンを皿に戻した。

「片付けは私がやるね」
「ありがとう」

鳴海くんはリビング横の部屋へ。私は皿を洗い、戻ってきた彼が枕とタオルケットを我聞に掛けるのを見た。

「今日は泊まり決定だな」

鳴海くんがさらりと言う。

(泊まり? ……我聞の話だよね)

「じゃあ……私は帰るよ」
「なんで? 明日、我聞を連れて帰ってくれるんだろう?」
「それって、私も泊まるってこと?」
「俺は構わない」
「でも……」

流れが自然すぎて、判断が追いつかない。

「部屋は三つある。藤川も寝室のベッド使っていい」

“も”に一瞬ひっかかる。
一人暮らしで三LDK。その余裕に驚きつつ、問題はないと自分に言い聞かせた。

「あ、ありがとう。では、お借りします……」

「……藤川、シャワー使う?」
「大丈夫。ありがとう」
「俺は明日早いから、シャワー浴びて寝るよ」
ドアを開けたまま振り返らずに言う。
「あっ、うん。遅くまでごめんね」
「先に寝てて」
「うん。おやすみ……」
鳴海くんはそのまま出ていった。

(お泊り、か……お風呂上がりの鳴海くん、見たら危ないな)

濡れた黒髪、白いTシャツ――想像だけで自分の顔が熱くなる。

(……見ないでおこう)

食器を片付け、いびきの響くリビングを抜けて寝室へ入った。



寝室は驚くほどシンプルだった。セミダブルのベッドと大きなクローゼット、サイドテーブルに分厚い本が数冊。それだけ。飾らない空気が鳴海くんらしい。

(このベッドに、私が寝るんだ)
なんだか胸が落ち着かない。

このままの服で入るのは申し訳なかった。誰も来ないと自分に言い訳して、ボトムスと上着を脱いだ。丁寧に畳んでテーブルへ置いた。
そして、タンクトップのままベッドに潜り込み、天井を見上げる。

(鳴海くんも、ここで寝てるんだ)

それだけで鼓動が速くなる。
肌掛けにくるまると、石けんのような清潔な香りがふわりと広がった。

(……これが鳴海くんの匂い。やばいよね、私でも、心地いい。幸せ……)

そのまま意識がゆるみ始めた頃、リビングの物音が消えた。

(鳴海くんも寝るんだ。おやすみなさい……)

私は壁を向いて目を閉じていた。その時。

――カチャリ。

トル案:『呼吸の届く距離』

――カチャリ。

ドアが開く音がした。
そのまま静かに閉まり、部屋の中に誰かが入ってきた気配がした。
それが誰なのか、考えるより先に体が反応した。
一瞬で目が冴え、穏やかだったはずの心臓がドックンドックンと暴れ始める。

だって、この家には私と我聞と鳴海くんしかいない。
リビングからは、相変わらず我聞の大きないびきが響いている。

ということは、入ってきたのは――。

(鳴海くん……!? ど、どういうこと?)

私は息を殺し、掛け物の中で体を硬くした。
(待って、落ち着いて)
この部屋にはクローゼットがある。
鳴海くんはただ、明日の着替えを取りに来ただけ。そうに決まっている。
(ああ、そうか……。そう……だよね)
自分に言い聞かせ、彼が出ていくまで寝たふりを通そうと決めた。
しかし。私の予想は、次の瞬間、音を立てて崩れ去った。

――ギシッ。

ベッドがきしむ音。
背中側から伝わってきたのは、確かな重みがマットレスに沈み込む振動だった。

(鳴海くん…… ベッドに入ってきてる……?)

背後に、お風呂上がりの石鹸の香りと、隠しきれない熱が迫る。
彼は私の左隣に横たわると、重なり合う掛け物をシェアするように、ゆっくりと引き上げた。

(嘘っ、嘘っ、嘘……! どういうことなの――!?)

暗闇の中で、彼の静かな呼吸の音がすぐ耳元まで届き、私の心臓が暴れるように打ってくる。