真夏の勢いは、夜になっても収まらない。
若葉総合病院の恒例行事、納涼祭。駅前のシンボルタワーを貸し切った会場には、日勤を終えた職員たちが続々と流れ込んでいた。
私は緊急入院の対応で出遅れ、ようやく会場に辿り着いた。
「十五階っと」
私は飛び込んだエレベーターで行先ボタンを押し、腕時計に視線を落とす。
「よし、ぎりぎり間に合いそう」
焦る私の目に、入り口に立つ長身の男性が映った。
「鳴海くん……」
「藤川、間に合ってよかった。席はこっちだよ」
鳴海くんは私の背に軽く手を添え、迷いのない足取りでエスコートしてくれた。数百人がひしめく会場で、彼のエスコートがなければ自分の居場所すら見失っていただろう。
案内されたのは、【4A病棟】の立札がある長机の端。
「藤川はここ。俺は隣に座るから」
鳴海くんの右隣には、無愛想で通っている三宮先生。さらにその隣には、病棟一の美人看護師・森環奈さんが座っていた。
「三宮先生、席を交換してくれない? 私、鳴海先生とお話ししたいの」
「嫌だね。席は決まってるだろ」
森さんの露骨な提案を、三宮先生が素っ気なく切り捨てる。森さんは不満げに唇を尖らせたが、乾杯の挨拶が始まり、強引な席替えは未遂に終わった。
(……やっぱり、鳴海くん目当てだよね)
医師で、あのルックスで、あの性格。人気が出ないはずがない。
森さんの視線は、隠そうともしない熱を帯びていた。
その一方で。
「このレモン水、よく冷えてるよ。飲んでみて」
「今年の中華、当たりかもな。藤川、これも食べるか?」
鳴海くんは、驚くほど自然に私にばかり話しかけてくる。森さんの熱烈な視線など、最初から風景の一部にすら入っていない様子だった。
(端っこの席だから、気を使ってくれてるんだろうな……)
そんな私の呑気な推測をよそに、会場は出し物のマジックやダンスで大いに盛り上がっていった。
♢
「それでは最後に、最大イベントの抽選会を行います!」
豪華景品が発表されるたび、地鳴りのような歓声が上がる。
一等は、あの超高級『月野リゾート』のペア宿泊券。
「デジタルルーレットを回します! ストップボタンを押して3秒後、当選者の顔写真がスクリーンに映し出されます!」
全職員が息を呑み、巨大スクリーンを凝視した。
3秒後――。
映し出されたのは、4A病棟の華、森環奈さんの鮮やかな笑顔だった。
「キャー!!」
歓喜の声を上げ、ミニスカートを揺らして壇上へ上がる森さん。男性職員たちの視線が彼女の肢体に釘付けになる中、隣の鳴海くんはやはり違った。
「藤川、さっきから全然食べてない。ほら、これも取り分けるから」
「食べてるよ、大丈夫だってば」
「海老、好きだろ? 冷める前に食べなよ」
彼はターンテーブルを回し、甲斐甲斐しく私の皿を埋めていく。周囲の「お似合いだね」という冷やかし混じりの視線に、私は居たたまれなくなる。
壇上では、一等を手にした森さんがマイクを向けられていた。
「森さん、このペアチケット、誰と行く予定ですか?」
司会の悪乗りに、森さんはわざとらしく溜めてから、客席の一点を見つめた。
その視線の先にいるのは、紛れもなく鳴海くんだ。
「好きな人がいるんです。……その人と、一緒に行きたいなって」
会場がどよめき、一斉に鳴海くんへと視線が集中する。
空気が一瞬だけ凍りついた。
「デザートはジャスミンゼリーだってさ。藤川も一口食べてみなよ。さっぱりするぞ」
……本人は、1ミリも気付いていなかった。
それどころか、周囲の空気感すら完全無視してゼリーを勧めてくる。
(……鳴海くん、今、そこじゃないよ……!)
私は恥ずかしさのあまり、皿を凝視して小さくなるしかなかった。


