私を振った同級生ドクターの距離が近すぎます!〜もしかして、私のこと好きですか〜

※鳴海蒼真 視点

「赤ちゃんも3000g近くあるね。田島さんはこれ以上、体重を増やさないこと。産道に脂肪がつくと出産で大変になるから」

「ドーナツ、食べ過ぎたかもー」

本日、俺は午前の外来を担当していた。我聞の妹、田島亜里沙さんの定期健診日だ。薄暗い診察室で腹部エコーを当て、画面上の数値から児の推定体重を確認する。

「予定日は変わらず、あと三週間前後だね」

「いよいよ出産かー。でも、鳴海くんも萌奈もいるし安心だわ」

我聞に似て、よく笑う子だ。

「体重管理だけしっかりね。異常がなければまた来週」
「はーい、ありがとうございました」

重い腹を支えながら立ち上がった田島さんが、ふと思い出したように聞いてきた。

「ところで、萌奈とはどうなってるの?」
「どう、とは?」
「あれ? 萌奈が帰ってきたのって、鳴海くんとまた付き合うためじゃないの?」

なぜそうなる。

「俺たち、付き合ってないよ」
「中学のとき、毎日一緒に帰ってたのに?」
「部活が同じだっただけ」
「そうなんだ。でもお似合いだったよ?」

「……そう?」
「うん。でも違ったんだね。じゃ、また来週」
「お大事に」
田島さんが出ていき、俺はカルテ入力を再開した。

( ……お似合い、か。付き合ってるように見えてたんだな)

胸の奥が、妙に軽くなる。そこへ外来看護師が顔を出した。

「鳴海先生、午前外来終わりです。午後は二時から――って、先生?」
「はい?」
「その顔やめてください。妊婦外来でニヤけるのは危険です! セクハラ認定されますよ!」
「……すみません」
どうやら顔に出ていたらしい。軽く頬を叩いて気を引き締める。

気分を切り替えて売店へ向かい、サンドイッチを手に取った。そのまま出たところで声がかかる。

「鳴海先生、話があるの」
森だった。夜勤明けのはずだ。
「午後も外来だから」
足は止めない。
「ちょっとくらいいいでしょ?」
隣に張り付いてくる。あの声音が、正直苦手だ。
「早く帰ったら?」

さらに歩調を速めると、森はふいに足を止めた。諦めたかと思ったが――

「ねえ、藤川萌奈が聖三愛病院を辞めた理由、知ってる?」

その瞬間だけ、視線がわずかに揺らいでしまう。

(やっぱり、きたか)

「地元に戻ってきただけだろ」
「へー、知らないんだ」
その余裕の笑みに、苛立ちが湧く。

「俺は、興味ないよ」

背を向けようとした瞬間、腕を掴まれた。


「婚約者がいるドクターを奪おうとしたんですって」

「……は?」

現実感のない言葉に、思考が止まる。

「婚約者が病院に乗り込んできて、外来で写真ばらまいて大騒ぎ。かなりの修羅場だったらしいわ。それで辞めたって」

「……どこの情報だよ」

「看護師ネットワーク、舐めないで」

楽しそうに笑う顔が、悪意に満ちている。

「プライベートだろ。詮索するな」

腕を振り払おうとすると、さらに強く引かれる。

「この話、ここで広まったらどうなるかしら?」

(普通、それを武器にするかよ)

「……何がしたい?」

「黙っててあげる。その代わり――」

バッグから取り出したのは、二枚のチケット。

「月野リゾートの宿泊券。一緒に行ってくれるよね?」



医局でサンドイッチを食べながら考える。

森の提案には答えていない。「三日待つ」と言っていたが、応じる理由はない。問題はそこじゃない。

(このままだと、藤川が標的にされる)

食べ終えてゴミをまとめ、ゴミ箱に投げる――外した。

「あ、すみません」

拾いに行くと、足元に転がった先にいたのは病理の片倉先生だった。パソコンから視線を上げない。

そのとき、ふと思い出す。

顕微鏡とモニターしか見ていない、院内きっての変人。だが、彼は異様な情報の収集・整理能力を持っていることで有名だった。

「片倉先生。不躾なお願いなのは承知していますが……力を貸してください」
「…………」
「4Aの森環奈さんの『相関図』をまとめていただきたいんです」

片倉先生が低く呟く。
「鳴海くん。僕はね、院内のくだらない恋愛事情なんて……」
椅子が、ゆっくりとこちらへ回転した。
「……大好物なんだよ♡」

不敵な笑みを浮かべる情報の魔術師。
「話が早くて助かります。報酬は希望のものを」
「溜まった資料のシュレッダー処理を頼もう」
それはお安いご用だった。

(藤川。過去の出来事は消せない。
でも、これ以上、誰かの悪意に踏み荒らされるのは、俺が許さない)