最凶悪女はみごもりたい!

町が燃えている。魔法の青い炎だ。
恐ろしい光景だ。

次々飛来する青い炎の矢が家々を燃え上がらせ、人間が手で放った赤い炎もあちこちで上がる。
黒い煙が空を覆い、人々の悲鳴と兵士たちの怒鳴り声や、冷徹に次の火をかける指示を出す声が混ざり合っていた。

人々は兵士の軍服が、かつて隣国を統治していたロマリー国の軍服であり、彼らが掲げる黄色い鳥のマークが描かれた旗が、かの国の王女ルル・ロマリー・メイの旗印だと知っていた。

「ルル・ロマリー!」

誰かが叫ぶ

「殺してやる! あの女を!」

怒号と悲鳴は止むことがなく、何日も続いた。



「ふわぁ~~~~」

ルルは、庭仕事の途中で立ち上がって大きく伸びをした。

「第三王妃様、お疲れですか?」

庭師のホーランが、逞しい腕を伸ばしてルルが持っていたエンドウマメの苗を受け取った。

「そうね、昨夜は、ちょっと遅くまで魔法陣の歴史を研究していたの」

ルルは魔法は使えない。と言うよりも人類の大半は魔法が使えない。この世で魔法が使えるのは、10万人に一人といったところで、ルルの魔法陣研究ははっきり言ってただの趣味だ。

ルルが畑の真ん中で腰をトントンしていると、なんだかバタバタとさわがしい足音が聞こえてきた。
時計を見ると、ちょうど昼の二時。

「なんだか騒がしいわね」

ルルは隣で枯れ花を摘んでいた侍女のシャンドラに声をかけた。

「はい、私が見てまいります、こちらでお待ちになっていてください、第三王妃様」

「ええ、お願いね」

第三王妃宮は勤め人たちの笑い声以外はいつも静かで、こんなふうに乱れた足音がするなんて、今までなかったことだった。
一体何事だろうかとシャンドラの後姿を追っていたが、シャンドラが視界から消えるより早く、何人もの武装した兵士たちが庭園に走りこんできた。

「何事です! ここを第三王妃の庭園と分かっていての所業ですか!?」

ルルは珍しく声を荒げた。
シャンドラが、おびえた顔で真っ青になりながら果敢にも兵士を押し返そうとしているからだ。
だが侍女シャンドラはあっという間に拘束され床に組み伏せられてしまった。

「シャンドラ!!」

ルルの前に、上等の制服を着た兵士……名前はレオだったと思い出した……が一人歩み出て一通の巻紙を掲げると高らかに言った。

「ルル・イルシー・ジェリーメイ第三王妃、あなたを国家反逆罪と戦争幇助、私兵養成罪、国家動乱罪、殺人魔法開発罪、他10項の罪で逮捕します!」

「……はぇ?」

ルルは庭を見まわした。確かにここは王宮だ。だが、宮殿は大きいだけであちこち壊れているし、敷地のほとんどは自給自足のために耕されている。

畑の所々で、チュンチュンチチチと、のどかにスズメが囀っている。

「国家動乱…ええと、他に…?」

鉄器と言えば鍬とはさみと包丁くらいしかない宮で?

「ご子息であられる、ネイスン王子は、母親に唆されて隣国国境地帯で戦闘を開始したと白状なさいましたよ」

「はぇ……」

息子?

ルルは首を傾げた。

兵士たちの、どこか演技めいた作り声などからして、なんだかこれが道化師が王族をびっくりさせる遊びのような気がして、本当の事とは思えなかった。

息子ですって?

「私に息子はいないわ。皆様だってご存知のはずよ。陛下は一度も私の寝室にいらしたことはないわ」

レオは哀れそうに第三王妃ルルを見た。
それは、王宮の誰もが知る周知の事実。
第三王妃は十五歳で嫁いでから三十五歳になるまでの二十年間、一夜たりとも夫と寝室を共にしたことがない。

「処女なのよ?」


だが、ルルの意見は全く受け入れられず、ルルはその日の内に王族を裁く裁判所に連れていかれた。
そして一言も発する機会も与えられず夫である国王と他の王妃、裁判を司る大神官の前に引き立てられ、判決を言い渡された。

「この女、ルル・イルシー・ジェリーメイ第三王妃は、その身分を利用し、自身の息子である第一王子ネイスンを旗印に立てて故国の再興を目論み、国境の街を襲撃し、夥しい死傷者を出し、無辜の市民の財産を強奪し、破壊した。その罪を持って、王宮追放刑、及び再びその身分を利用して謀反を企てないように、不妊刑を追加する!」

「え??」

ルルの横には、どうやら散々なぐられた様子の婦人が一人と、十代後半ごろと思われる少年が、こちらも傷だらけでさるぐつわをかまされて転がされている。

「同罪で、第一王子ネイサンは、その地位を剥奪生涯幽閉とする! またネイサンの乳母ケイトも、連罪とする!」

周囲からざわっと声が上がるが、嘲笑や罵声は飛んでこない。
昨日庭園にルルを捕縛しに来たレオを始めとする兵士達は硬い表情のままガシッとルルの両腕を拘束した。

「え?」

「お聞きになられましたよね? 王宮追放刑です」

「何それ?」

「そして、不妊刑です」

「何それ?」

ルルの目の前にひとりの男が立ちふさがった。
ぼさぼさの髪にグレーのマントを着た、かなり不気味な男である。

「何それ?」

「私は国王直属魔術師団の団長、ガルシア・ディースン」

言うなり、彼は薄汚れた指でルルの腹部をツっと触った。

「あっ!」

ガルシアが触れた所から、真っ白な光が溢れ、ルルの体を霜の下りた銅像の様に覆った。
ひどく冷たい光だった。

「キャアア!」

恐怖で叫び声をあげたルルを、周囲の人々が呆然と見つめている。
ルルももちろんだが、皆、魔法使いが魔術を使うところなど見たことも無い人がほとんどなのだから。
ルルの刑よりも、むしろ魔術師という得体のしれない人間の使う技に、人々は恐れを抱いているようだった。

「私、どうなったの?」

自分が魔法の術を掛けられたという事実に怯えるルルに、勝ち誇った様なあざけりの言葉をかけたのは、第一王妃シャナだった。

「分からないの!? 不妊刑よ! これで、あなたは永遠に子供が産めない体になったの!」

「え! ええ??」

驚きと、そして、何か異様なショックを感じて、ルルは細い悲鳴のような声を上げた。
ガタガタと震えるルルの両脇を固めた兵士たちは、そのまま再び歩き出した。

先頭に昨日ルルを迎えに来た兵士レオもいる。
彼はルルが結婚式をしたときに初の公式行事の護衛をすることになったとのだと言っていた。
いわば、ルルの結婚生活は彼の宮廷兵士勤務の歴史でもあった。

寒さも相まって真っ青になったルルに、ひとりの兵士が上着をかけてくれた。
そして、ルルはそのまま歩いて王宮の門まで連れて行かれた。
二十年前結婚パレードの時に通過して以来、初めて門をくぐるのだという感慨も、今は感じられない。

門の前の広場には群衆が集まっていて、こちらは裁判所の中の人々より攻撃的で手に手に棍棒やクワを持ち集まっている。
刑吏の制服を着た男が、先ほど読み上げられた書状をもう一度読み上げる。

「この女、ルル・イルシー・ジェリーメイ第三王妃は、その身分を利用し、自身の息子である第一王子ネイスンを旗印に立てて故国の再興を目論み、国境の街を襲撃し、夥しい死傷者を出し、無辜の市民の財産を強奪し、破壊した。その罪を持って、王宮追放刑、及び再びその身分を利用して謀反を企てないように、不妊刑を追加する! なお不妊刑においては、先ほど王宮魔術師ガルシア・ディースンによって実行された!」

群衆から、大きな怒号が沸き起こった。

「この悪女め!」

私が悪女?

「貴様が襲撃させたアトリの町にゃ、俺の兄弟がいたんだ! 畜生!」

「散々、王宮を食い物にした悪婦め!」

「貴様の散財のせいで、どんだけの税金があげられたと思っていやがる!」

「息子を返して!」

「私の家は焼かれた!」

生涯で、一度だってそんな怒鳴り声を浴びたことはなかった。
ごく子供のころに、ナメクジをナニーのポケットに入れたときに、ナニーが泣きながら、こんなことをする女の子はいいお嫁さんになれないと言ってたいそう怒っていた……その時くらいだろうか。

毒婦とか、散財とか、そんなの、見たことも聞いたこともない。
それって、ナニーのポッケにナメクジを入れるより悪いこと?
ルルはその頃にもどったようにこてりと首を傾げそうになった。

群衆から石が投げられて、門の内側にコロコロと転がったので、門番が大きな声で叫んだ。

「門の中に石を投げたものは、王権侮辱罪で死刑にする!」

そう言った後、無感情にルルを押し出そうとする。
普通馬車しかとおらない大門が、ルルのために少しだけ開けられている。

「こちらからお出になってください」

門を出た後は、石を投げていいってこと?

「これが、王宮追放刑……」

こんなにあっけなく、20年間住んでいた宮殿を出ることになるなんて、思っても見なかった。
王宮を出た後どうしようかと思っていたが、その心配はなさそうだ。
きっと、石をぶつけられて死んでしまうに違いない。

レオが「どうしてこんなに市民が……」とつぶやいたその時だった。

どこからともなく、悲鳴と建付けの悪い馬車の車輪の音が聞こえる。
そして、暴走馬車だ!という声がだんだんとこちらに近づいてくる。
そうしているうちにも、馬車の音が近づいてきてとうとう門の周囲に集まっていた人垣に突っ込んできて、人々は悲鳴をあげながらちりじりになった。

「第三王妃様!」

汚い荷馬車が王宮の門の前に走り込み、御者台から知った声が呼びかけた。

「ホーラン!」

「乗ってください!」

ホロから手を伸ばしたのは、ルルの侍女シャンドラだった。
その時、人ひとり分くらい開かれていた門扉から、ルルの背をぐっと押すものがあった。
門を出たルルはシャンドラの手をつかんで荷馬車に飛び乗った。

「出して!」

シャンドラの絶叫を合図に馬車は再び走り始めて、群衆から数人が追いすがり飛び乗ろうとするものもあったが、こちらは警備の兵士に取り押さえられ、幸いにも乗り込まれずに済んだ。
ワアワアと聞こえる歓声や怒号に、ルルは安心してシャンドラに抱き着いた。

「第三王妃様!大丈夫ですか?」

「え、ええ……!」