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いやいやいや、ちょっ待ってよ、ねぇ。
1時間目の国語。いつもなら担当のむーちゃんこと村野先生の音読の声で眠ーくなってるはずなのに。
…今、僕の全神経は左隣に向いていると言っても過言ではない。
あのあと、彼女…ユアはやっちゃんに僕の隣が滝本の席だと言われ、まあそりゃあ言われた通りに隣に座ったよ。
…座ったん、だけどさ。
僕があんまりじろじろ見ないように、反対側を意味もなく見つめてた時。
ユアが、椅子を引いて、腰を下ろす、その瞬間。
「よろしくね、ケーくん」
みんなには、聞き取れないくらいの声で、僕に言った。
驚いて、バッと振り向くと。
本当に、前と変わらない笑顔で、僕に笑っていた。
もう条件反射だと思う。さっき蒼斗に言われた時よりも暖かく、大きくドキッとした。
そのあとで、ハッとなった。
…なんで、ユアは普通なんだ?
いやぁさ、だってさ、引っ越す前がああだったんだよ?気まずくないの?
そりゃさ、僕だって仲良くしたいし、わざわざ気まずくなりたくなんてないけど…
…まさか忘れた?
そんな考えが出て来て、流石にないなと打ち消した。
ユアは記憶力いいし、そういうことちゃんと覚えてると思う。
…じゃあなんで普通なんだ?
永遠に続く思考は思いもよらず時間を進めていてくれたようだ。
ガタガタと椅子を引く音と同時に授業が終わったことを知る。
…これから寝そうになったらこれ考えてばいいか?
「いやぁ、まさか本当に想像してた通りの女の子がくるなんてなぁ」
疲れたーといつもならストレッチしながらこちらを向く蒼斗は、今日ばかりは好奇心で目が輝いている。
「…想像通りなの?」
…やっぱりユアに全部当てはまってたじゃんか。ちくしょう。
「そりゃあそうでしょ。だって、こんなかわいいんだよ、これで想像通りじゃないわけないじゃん」
うっとりした様子で呟く蒼斗。
その視線を追って…まあそりゃユアに続くはずなんだけど、僕もちらりと見てみる。
ユアは僕らの母校である桜木小の卒業生の女子たちに囲まれていた。
隙間から覗ける彼女は、あの頃と変わっている気が…する。
長くて、少し茶色い…栗色って言えばいいか?そんな綺麗な髪は変わっていない。
けれどその毛先は、ゆるくかわいく巻かれている。
髪型も、いつもの一つ結びは跡形もなく消え去り、今はハーフアップにピンクのリボンだ。
スカートからスラリと伸びる脚は、前と変わらない、白すぎず黒すぎず、ちょうど良い健康的な色だった。
服装も…もともとスカートを履いていることが大抵だった。けど、3年生にもなり、使い古されてきた僕らのとは比べ物にならないくらい綺麗な制服。
そして、その制服がうつす、彼女の体のライン。
最後に見たあの頃とは比べ物にならないくらい…なんていうか、柔らかそうで、女の子らしくなったというか…
…って、どこ見てんだ、僕。
自然と見てしまった罪悪感を感じて、蒼斗に視線を戻す。
蒼斗は相変わらずユアを見つめていた。
「いやー、やっぱかわいいね。なんか、綺麗とか、美しいじゃなくて、かわいい」
「…おまえ、この世の女の子全員かわいいとか言ってなかった?」
「そうだっけ?」
…こいつの発言はどれもこれもが軽すぎる。
その軽さがいいんだけどさ。
ふと、横から視線を感じて、横を向くと、バチっとユアと視線が絡まった。
あ、しまった。
わざと、目を合わせないようにしてたのに。
…見てたの、バレた?
そんな僕の焦りをよそに…というか絶対気付いてないのがユアなんだけど…ぐいっと距離をつめた。
「ねぇ、ケーくんは元気にしてたー?」
「え?」
突然の質問に戸惑った。
「うちがいなかった3年間。ケーくんは元気してたかなぁって」
「うん、まあ…」
当たり障りのない返事をしながら視線を泳がせる。
…ねえ、蒼斗、視線がくそうるさいよ。
「まー、ケーくんゲームしてるなーとかは思ってたんだけどねー。ポケモン…Pokémon champion?みたいなのやってたよね。よくSwitchでオンラインで表示されてた」
ニコニコしながら話すユア。
「…ユアも、よくゲームしてたよね。ぽこぽけとか」
「せーかーい!あっちで、出た瞬間にソッコーでダウンロード版買ったんだ〜」
んふっと笑って手で丸をつくるユア。
…あぁ、この感じ、懐かしい。
思わず笑みが漏れる。
「ちょちょちょ、ちょーっといいかな佳汰くん」
「は?」
パシッと肩に手がのり、振り向くと、無理やりの笑顔を貼り付けた蒼斗。
「滝本さん、ごめん、ちょっとこいつ借りていい?」
蒼斗の言葉を聞いてきょとんとするユア。
「え、えっと、わたしのじゃないので…?」
頭の上にはてなマークを浮かべた。
そのかわいさに(たぶん)、一瞬ドキッとした蒼斗は、動きが止まる。
「えっと…滝本さんって、天然かなにか?」
「違うよー、結愛は常識知らずなお姫様なの!」
「ちょっとちーちゃん何その例え。そんなんじゃないし」
横から口を挟むちーちゃん、こと千原さんと、意味がわからないと言いたげなユア。
…そういえば、昔そんなふうに呼ばれてたな。
親の方針で、スマホは持たず、YouTubeも親が決めたチャンネルの動画しか見なかったユアは、流行りに疎かった。
みんなが当たり前のように知っているようなミームも、ユアは「何それ?」と良く聞いていた。
そこからついたあだ名というか、通り名?は「常識知らずのお姫様」。
お姫様、は確かクラスの一部の女子と男子が集まって遊んでた時に「結愛ちゃんってお姫様っぽいよね」という話になったのが始まりだったはず。
「よし、佳汰、ちょっとこい」
ガシッと肩を蒼斗に掴まれ、あっという間に廊下まで連れてかれる。
「あ、ケーくんと…園山、くん? ばいばーい」
ひらひらと手を振るユア。
その横で呆れる千原さん。
「え、お、おう」
名前を覚えられていたことと、そのかわいさにズキュンっときた(たぶん)蒼斗は、真っ赤で緩み切った顔で返事をした。
…むかつく、その顔。
イライラして肘を思いっきりあいつの腹に叩きつけてやった。
「いって!おまえぇ!」
やっべ。思った以上に強かったっぽい。
「あ、ごめん」
「ご、ごめんじゃ、ねぇん、だ、よ…」
掴んでた僕の肩を離して、うずくまる蒼斗。
「え、まじでごめん」
てか、弱すぎない?おまえ。
屈んで覗き込むと。
「嘘でした〜!」
変顔をして、全くダメージを受けてないと言った様子で言い放つ蒼斗。
「いやー、おまえ引っかかりやすいな!」
明らかに馬鹿にしたようなトーンで言う蒼斗。
「…」
バシッ。
もう一発、さっきより強めに殴ってやった。
「い、いってぇ!?」
さっきより明らかに鈍い音と、本気で痛そうな声が、教室の隅に響いた。

