タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 通りに面した窓から、馬車が横切るのが見えた。アンネの視線が、それを追うように窓の外に向く。アンネの表情が少しだけ変わった。

 口元が固く引き結ばれ、外を見つめる目に異なる色が混じる。
 今回はキャサリンも、その存在を確かに認めた。

「グリーンフィールド家の家紋でしたわね」

 アンネが警戒の色を示す。

「ヒューゴ様とはいったいどのような……」
「ご安心なさってくださいな。新しく後援するにあたって、ヒューゴ様に指導を仰ぎましたが、アンネ嬢が気に病むような関係ではございませんわ」

「私は別に心配してなど……」

 ここらでもう少し距離を詰めておこうと、キャサリンは意地悪な笑みを口元に浮かべる。

「あら、そう? アンネ嬢がいらないなら、もらってしまおうかしら」

 キャサリンの一言に、喉にものを詰まらせたようにアンネがきつく唇を噛んだ。そうして、消え入りそうな声で抗弁する。

「ダ、ダメです……。ヒューゴは私の……パトロンですから」

 ――パトロンね……。

 まだ自己主張には乏しい。

 ――もう一押ししてみてもいいけれど……。

 あまりやりすぎて嫌われてしまっては、元も子もない。

「冗談ですわ。ヒューゴ様とも会ったと言ったでしょう? あなたとの仲も、それとなくではありますが承知しています」

 アンネは疑うような視線をキャサリンに向けていたが、ヒューゴに対する心配が勝ったようだ。

「元気でしたか、ヒューゴは? あんまり、私とは会ってくれないので……」
「そういうかわいらしいところを、もっと素直に見せればいいんじゃないかしら」
「かわ――」

 ボッ!
 思わず、そんな効果音が聞こえて来そうなほど、アンネ嬢は顔を赤くした。

 ――ヒューゴ様も、きっと苦労するわね……。

 清らかな交際という発言は、言葉を慎重に選んだだけだったのだが、このぶんだとまだ本当に手も繋いでいないのかもしれない。

「ヒューゴ様はアンネ嬢のことなら、目を見ればなんでもわかると仰っていました」
「ヒューゴも……」

 アンネの目にじわりと温かな光が差す。

「そうであれば、ヒューゴ様は恐れているのでしょうね」
「恐れる? 何をですか?」
「そんなもの、アンネ嬢の心労を増やすことに決まっているじゃありませんか。自分の問題で、アンネ嬢の心身に負担をかけてはいけない。ましてや、それが歌唱に影響を及ぼしてしまうのであれば、なおのこと」

「それは――!」

 好きでやっていることなんだと言いたげに、アンネが気色ばむ。お互いを思いやって当然と考えているアンネからすれば、ヒューゴのふるまいは到底納得のしづらいものだろう。

 だからこ、キャサリンは声高に主張する。

「あら、知らなかったんですの、アンネ嬢? 男というものは、惚れた女性には待っていてほしいものなんですわ」

「……」

 どや顔で語るキャサリンに、そばに控えるエマが「お前に何がわかるんだ?」と言いたげな視線を向けて来るが、もちろんキャサリンは堂々と無視した。2回目だった。

「それでも不安だと言うのなら、自分の目と耳で直接確かめなさい」
「でも……」

 尻込みをするアンネに、キャサリンは発破をかける。

「何をおじけづいているんですの? 古今東西、英雄を陰で支えるのは乙女の役目と決まっています。相手を慕っているのなら、ほかのだれにもこの役割を譲ってはいけませんわ。それがレディーの努めですの」

 少しの間、アンネは口を開かなかったが、やがては意を決したようにキャサリンに告げる。

「帰ります! ヒューゴが来ているかもしれませんから」
「ええ、そうしなさいな」
「支払いは……えっと」
「そんなもの、私がやっておきますわ。早く行きなさい」
「はい!」

 アンネが喫茶店から飛び出していく。
 道路の途中で転んだように見えたが、すぐに立ち上がって走りだす。
 その姿が見えなくなるまで追ってから、キャサリンはそばに控える侍女に声をかけた。

「何か言いたそうね」
「お嬢様、ヒューゴ様はいつアンネ様の話を?」
「私の気のせいだったかしら? でも、構わないでしょう。どうせ本当のことなんだから」
「……。そうですね」

 エマは言いながら、アンネの食べ残したスイーツを盗み食いしていた。
 日に日に好き放題に行動している侍女に、ぎょっとしながらもキャサリンは紅茶を口にした。無糖のはずだが、少しだけ甘い気がした。