タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 ビオラの住まいは、王都から離れた位置にあった。
 どちらかと言えば、それは粗末な屋敷である。
 表通りから少し入った路地に面した造りは、他人に居場所を気取られたくない人間の選ぶ立地だとキャサリンには思えた。

 馬車を少し手前で止め、徒歩で近づくことにする。
 隣では侍女が静かに尋ねていた。

「本当によろしいのですか?」
「二度も聞かないでちょうだいな」

 キャサリンは足を止めずに答えた。

「扉を叩く前に逃げられる可能性も、ゼロではありませんよ」
「その場合には、あなたに窓から入ってもらうことになるわね」
「……。かしこまりました」

 エマが受け入れたことに、キャサリンは少しだけ驚いたが、顔には出さない。
 扉の前に立つ。
 飾り気のない木製のドアだ。
 キャサリンは迷わずに、三度ノックした。
 返事はすぐに来た。

「勝手に入っていいわ」

 声は落ち着いている。来客に驚く気配はない。

 ――来ることを予期していたのかしらね?

 扉を開ける。
 部屋は決して広くない。
 暖炉のそばに椅子が二脚向かい合って置いてある。片方の椅子には、カジュアルな衣服を身にまとった赤毛の女性が、足を組んで座っていた。

 入室したキャサリンを、ビオラは頬杖をつきながら、少しも動じることなく眺めている。

「エルフェルト家のお嬢様だなんて、これはまた一段と面白い方が来たのね」

 その口元には、どこか楽しんでいるような薄い笑みがあった。

「……」
「まあ、座れば? お茶なんて期待しないでよね」

 キャサリンは向かいの椅子を引いて腰をおろす。エマは扉の脇に控えて、部屋に入ろうとしない。
 単刀直入にキャサリンは本題を口にする。

「ビオラ嬢、あなたはなぜ孤児院へ寄付を?」

 ぴくりとビオラの眉が動く。

「面白いことを聞くのね。助けが必要だから、孤児院なんでしょう? この世界のどこに、寄付を求めていない孤児院があるのかしら」

「心がけは立派だと思うわ。でも、それはベアトリス嬢を傷つけてまですることなのかしら。ほかにもっといい方法があるのではなくって?」

 ビオラはあからさまにキャサリンを鼻で笑った。

「傷つける? ダメ男から解放してあげているんだから、むしろ私は救っているはずよ。それに嫌いなのよね。ああいう、待っていればいつかヒーローが現れてくれるみたいな考えの女って。あら奇遇。あなたも待っていれば、誰かが能動的に孤児院に寄付をしてくれるだろうってタイプの女だったわね。素敵だわ……きっと今日も世界は平和なのね」

 ビオラの主張に全くの理がないわけではないが、ベアトリスに対する侮辱は見過ごせない。

「……撤回なさい。たしかに、ベアトリス嬢は少しばかり夢見がちな部分があるかもしれないわ。でも、その純真さと献身さは、自分をお姫様だと思っていてもお釣りが来るほどのもの。ヒーローに助けてもらうだけじゃない。ベアトリス嬢だって、ヒーローの優しさに応えるだけの覚悟を持っているわ。対等のはずよ。ベアトリス嬢を馬鹿にする発言は撤回なさい」

「ずいぶんと庇うじゃない。まあ、どうでもいいわ。あんな女」
「それなら、ついでにアーサー様のことも見逃してもらえないかしら? ベアトリス嬢の古い知り合いなの」

「それは無理ね。あいつも女を不幸にするだけの男だわ。私の養分にする」
「変えてみせるわ」

 キャサリンは一歩も引かない。
 当然だ。
 このあとに行う展示会での接触を機に、アーサーが成長していくビジョンはすでに見ている。
 時間さえあれば、アーサーはベアトリスの献身にふさわしい男へと変わっていくはずなのだ。

「たわ言を信じろと?」
「エルフェルト家の言葉が妄言に聞こえたのなら、そうね」
「見逃してもいいわよ。意外にベアトリスがしつこかったから、アーサーに唾をつけることで心を折ってあげようとしていただけだし。代わりの条件を聞きましょうか」

 やはりビオラは、ベアトリスとアーサーの関係を知ったうえで行動したのだ。

「軽蔑するわ、あなたを」
「私もあなたの語る世界平和にはこれっぽっちも興味がないの。実現してから声をかけてくれるかしら?」

 キャサリンはビオラを睨みつけたまま応じる。

「エドワードの処遇をあなたに一任します。私のほうから余計な茶々は入れない」
「そう。それなら、私もアーサーについては気にしないことにするわね」

 肩をすくめてビオラは答える。まるでどっちでもいいと言わんばかりの態度だった。
 屋敷を辞したキャサリンがエマとともに馬車へと向かう。

「お嬢様、孤児院の話はいったいどこで? そのような報告はまだ受けておりませんが……」
「リディア嬢あたりじゃなかったかしら? むかむかしすぎて、忘れてしまったわ」
「たしかに、リディア様であればそういった方面の情報にも強いかもしれませんね」

 エマに嘘をつくのは気が引けたが、方便だろうと深くは悩まない。
 路地に出るころには、また雪がちらついていた。
 馬車に乗りこむ。
 エマが隣に座り、扉が閉まる。

「そうだ、エマ。ヒューゴ様について調べてもらえるかしら?」
「かしこまりました。そちらもベアトリス様とご関係が?」
「いいえ、別件よ。少し気になっていることがあるの。アンネ嬢をほったらかしにして、いったい何をしようとしているのか……」

 石畳の上を、馬車はゆっくりと動きはじめた。