タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 キャサリンが言う。

「ご存じだとは思いますが、婚約者のいる方への不貞行為は第三者が責めを負います」
「そうだろう。悪いのはビオラであって、僕ではない」

 キャサリンは平然としているビオラを横目に、台詞を続けなければならなかった。

「しかし、その第三者が婚約者の存在を知らなかった場合には、当事者が責めを負います。当然ですわね。自分が婚約しているかどうかを知らない当事者はおりませんから」

 このケースにおいて、賠償をしなければいけないのはビオラではない。
 エドワードだ。

「そんな馬鹿な話が――」
「お互いに実りのない関係でしたね。プレゼントはありがたく受け取っておきますわ」

 遮るようにビオラが言って、恭しくドレスの端を持ちあげた。
 そのままキャサリンたちのほうへとビオラが歩いて来る。警戒するエマを手で制したキャサリンに、ビオラが小声で耳打ちした。

「ずいぶんとお友達思いなのね。ニコラス君の顔に免じてアーサーは諦めてあげるわ。感謝なさい……」

 それはキャサリンがベアトリスのために動いていたことを見抜いていたという意味であり、延いては、ベアトリスに婚約者がいたことを知っていたという告白にほからならなかった。

 ――こいつ……。

 キャサリンが内心で青筋を浮かべる。
 睨むキャサリンを気にせず、ビオラは歩く。そうして、ある子息の前まで向かうと、そこで蹴つまずいてみせた。

「きゃっ!」

 悲鳴を上げたビオラが、子息にしなだれかかる。
 慌てて子息はビオラを受け止める。

「ごめんなさい……。自分では意識していないのですが、やはりショックだったのかもしれません……」

「それは致し方のないことだと思います」

 当たり障りのない答え。
 当然だ。
 先ほどの一幕を目にしてなお、進んでビオラに優しくしようと思う者はいない。
 しかし、なおもビオラは口を止めない。

「どうしていつもこうなんでしょうか……。どうして、私が選ぶ人はいつも……」

 目元を潤ませたビオラが、子息のことを見上げた。
 ぞくりとした。
 官能的。
 耐えがたいほどの衝動が、子息の体を走ったことが手に取るようにわかった。
 その姿は、今しがた敵対したばかりのキャサリンにさえ、庇護欲を覚えさせるほどだ。

「僕はそいつらとは違いますよ」

 子息の口から言葉が漏れる。
 はっとした様子で口元を押さえたが、泣きそうな顔で喜ぶビオラを前に、まもなく子息も篭絡されていた。

「信じて……いいのでしょうか?」
「もちろんです!」

 キャサリンがエマを見る。
 意図を察したエマが、ゆっくりと首を横に振っていた。

 ――既婚か……。わかっていても、魔の手からは逃れられないわけね。

 もはやだれもエドワードのことなど気にしていない。
 ベアトリスでさえも蚊帳の外だ。
 完全にビオラの独擅場である。
 子息とともに会場を出ていくビオラが、ニコラス殿下に流し目を送る。対するニコラス殿下は、化け物を見るように脂汗を額に浮かべていた。

 ビオラにとってニコラス殿下との会話が、ほんのお遊びに過ぎなかったことが、ニコラス殿下にも察せられたのだろう。本気のハニートラップを仕掛けられていたならばと、今頃、ニコラス殿下は内心で慌てているに違いない。

 ――厄介な相手ね。

 キャサリンによる咳払い。
 強引に、場の注意を自分に戻した。
 それに伴って、みなが思い出したようにエドワードに視線を集中させる。ビオラに引っかき回されたものの、エドワードは今、婚約破棄の宣言と愛人からの離脱が同時に重なっているのだ。

 これからいったいエドワードがどうするのかと、下種な期待も含めて注目が集まる。
 広場はしんと静まり返っていた。
 エドワードは口を開いたり閉じたりしているが、もはやそこから言葉は出てこない。

「……」

 キャサリンはエドワードから視線を外し、ベアトリスのほうを見る。
 その目には、涙の代わりに柔らかな光が宿っていた。
 ベアトリスが、もう一度だけエドワードに向かって言う。

「ありがとうございました、エドワード様。おかげで、自分の言葉で申し上げることができました」

 エドワードが、よろめくように半歩後退した。

 ――まあ、ベアトリス嬢からは、これでよしとしましょうか。

 人を傷つけることが苦手な人もいる。そういう優しい人が、心を砕いてまで汚い言葉を使う必要はない。

 適材適所だ。
 キャサリンが静かに追撃をする。

「エドワード様。あなたはベアトリス嬢を、自分から折れさせようとしていました。しかし、ベアトリス嬢はあなたに折れたのではありません。自分の意志で、あなたのいない未来を選んだのです。その違いを、どうかくれぐれも忘れませんように」

 まばらな拍手が、広間のどこかから起きた。最初は小さなものだったが、やがてそれは全体へと大きく広がっていく。

 ベアトリスは拍手を受けながら、どこか遠くを見つめていた。
 きっと、広間の中央で一緒に踊った人物の顔を見ているのだろう。

「……」

 沈黙を続けるキャサリンにエマが声をかける。

「お嬢様。今回、エドワード様の処分が軽いように思われるのですが……」
「……ベアトリス嬢を手放すこと以上の不幸があって?」
「失礼しました」

 キャサリンは膝から崩れ落ちたエドワードを、冷ややかに見つめていた。