タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 冬の慈善舞踏会は、王都でも指折りの大邸宅を会場として開かれた。
 広間には色とりどりのドレスと、磨き上げられた燕尾服が行き交っている。
 シャンデリアの光が床の大理石に反射して、まるで水面のように揺れていた。
 笑い声と音楽。
 グラスの触れ合う音。
 窓の外には、静かに雪が降り積もっている。
 キャサリンは広間の端に立ち、グラスを手に全体を見渡した。

 ――さてと。

 準備は、すべて整っている。
 エマが耳元で小さく告げた。

「お嬢様、ベアトリス様がいらっしゃいます」
「見えているわ」

 広間の中ほどに、落ち着いた青のドレスを身にまとったベアトリスの姿があった。
 銀色の髪が、シャンデリアの光を柔らかく受けている。
 その佇まいは、いつもより少しだけ違う気がした。
 緊張しているのか、あるいは覚悟を決めているのか。
 キャサリンには、どちらとも読み取れた。

「アーサー様は?」
「少し前からいらしています。あちらの一角に」

 エマが目線だけで示す方向に、アーサーの姿があった。いつも通りに穏やかで、周囲に積極的に話しかけているようだが、その目はどこか落ち着きがない。心なしか聞き役に回っている場面も、以前に比べて多くなっているようだ。

 ――種は、ちゃんと育ったみたいね。

 キャサリンは内心で満足げにうなずく。

「ニコラス殿下は?」
「まもなくご到着の予定です」

 エマが手元の時計を確かめながら答えた。
 タイミングは問題ない。
 あとは、段取りのとおりに進むかどうかだ。
 その直後、広間の入り口付近がわずかにざわめいた。



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 ニコラス殿下の登場は、華やかだった。
 といっても、本人が特別に振る舞いを誇示しているわけではない。
 ただ、その場にいるだけで、自然と周囲の目が向いてしまうような引力が、あの青年にはある。
 金色の髪に、涼やかな目元。
 お忍びでの参加とはいえ、王族としての育ちが、立ち居振る舞いの隅々にまで染みこんでいた。
 ルシアン殿下ほどの威圧感はなく、どちらかといえば近づきやすい雰囲気を持っている。それが、かえって会場の空気を一変させた。

「あの方は……?」
「どちらのご子息かしら」
「見覚えがないわね。それにしても……」

 ひそひそと、周囲の令嬢たちが小声で言葉を交わす。
 ニコラス殿下は、そ知らぬ顔で手袋を外しながら、さりげなく広間を見渡した。視線がキャサリンに一瞬止まり、気づかれない程度に小さくうなずく。

 見るからにニコラス殿下は緊張しているようだが、自分の役目は忘れていないらしい。キャサリンも同じく、表情を変えずに応じた。

 ――ビオラ嬢は?

 素早く視線を動かす。
 朱色のドレスが、広間の向こうに見える。
 ビオラは当然のようにニコラス殿下に気づいていた。その目が、殿下の方向へとゆっくりと引き寄せられていく。

 ――食いついた。

 事前に情報のない相手だ。いくらビオラのアンテナが優れていたとしても、じかに接触してみなければ判断はできないはずだった。

「エマ」
「見えております」

 侍女も短くキャサリンに返す。
 ビオラの目が輝いている。
 純粋な興味なのか、それとも打算なのか。どちらにしても、今夜の彼女の関心は、しばらくはニコラス殿下になるだろう。

「……アーサー様は、きちんとビオラ様の獲物ではなくなったのでしょうか?」

 エマが心配そうにキャサリンに尋ねる。

「優先順位は下がったでしょうけれど、どうかしらね。総合的に見れば、まだまだダメンズなんじゃないかしら?」

「それは……」
「あんまり急に素敵な殿方に変身されても困るわ。ビオラ嬢はともかく、別の令嬢たちも目の色を変えちゃうじゃない。このくらいでいいのよ」

「なるほど」

 エマは納得したようにうなずいていた。
 キャサリンは、実はそこまで考えていなかったと言いたげに、明後日のほうを向いていた。