タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 その夜、キャサリンは机に向かっていた。
 エマから受け取った報告書に目を通しながら、頭の中で情報を整理する。

「……」

 燭台の炎が、かすかに揺れた。
 窓の外では、雪がまた降り始めている。
 王都の夜は静かだった。

 ――まずは、エドワード様とビオラ嬢の関係を崩さなくっちゃ……。

 ベアトリスが自分の言葉で立てるよう、土台を作る。
 アーサーについては、ベアトリスが前を向いた後で考えればいい。
 段取りは見えている。
 それなのに、何かが引っかかっていた。
 胸の奥から、小さな棘が刺さったような感覚が取れない。

 ――気のせいかしら?

 ペンを置いたとき、意識が遠くなった。



✿✿✿❀✿✿✿



 見知らぬ光景の中に、キャサリンは立っていた。
 広間。
 シャンデリアの光。
 色とりどりのドレス。
 どこかの夜会の会場だ。

 ――これは……。

 タイムリープとは違う感覚だった。
 自分の体が幽霊のように透けてしまっている。
 声も出ない。
 動けない。
 だが、見ていることだけはできる。

 ――また、能力の暴走……?

 それはすぐに悟ったが、違和感が拭えない。
 冬のチャリティーボールだろうか。
 慈善舞踏会は言葉どおり寄付を募るものだ。
 もっと状況を把握しようと、キャサリンが視線を巡らせる。
 会場の端の柱に、エドワードの姿があった。腕を組んで、どこかを眺めている。その表情は上機嫌とは言いがたく、何かを待っているような顔だ。その遠くに、エドワードのほうを窺っている人物が見える。

 ――まさか、あれは……私?

 その人物とは、ほかでもなくキャサリンだった。

 ――チャリティーボールには、もちろん行ったことがあるけれど……。

 キャサリンには、目の前の光景に思い当たる節がなかった。
 過去ではないとすれば、考えられるのはひとつしかなかった。

 ――未来の光景……。

 自分はそれを体験しているとでも言うのだろうか。
 非合理的な考えが頭をよぎったが、すでにタイムリープ自体が超常の存在だ。深く気にするだけ損だろうと、すぐに頭を切り替える。

 ――ビオラ嬢はどこ?

 キャサリンがその場で視線を動かすと、ほどなくして目星の女性が見つかった。
 広間の中央。
 華やかな朱色のドレスをまとった赤毛の令嬢が、笑顔で周囲の男性たちと話をしていた。まだ出会ったことはないが、彼女がビオラで間違いないだろう。ほかの令嬢たちとは、存在感が違う。そこには計算され尽くした華やかさがある。

 近づきやすい笑顔。
 しかし、その顔の下に、確かにキャサリンは策謀の気配を感じ取っていた。

 ――何をする気?

 ビオラの視線が広間の一角に定まる。キャサリンも同じ方向を向いた。
 青年だ。
 二十代の半ばほどで、整った顔立ちに落ち着いた佇まいの青年が、そこには立っている。
 社交の場には慣れているようだが、取り巻きを引き連れるタイプではなく、1人で物静かに舞踏会を楽しんでいる。

 ――あの方は……。

 身に覚えはないが、心当たりならあった。
 キャサリンの胸に嫌な予感が広がっていく。
 あれはベアトリスの幼馴染のアーサーではないのか。

 ――あら……。まずいんじゃないかしら?

 ビオラがアーサーと思しき男性に近づいていく。その動きはとても自然で、誰も訝しむことはない。とうの本人であってもだ。

 アーサーが振り返り、ビオラは微笑んだ。
 その笑みは、恐らくどんな相手にも使えるものだっただろう。
 しかし受け取る側にとっては、自分のためだけに用意されたもののように感じられたはずだ。
 アーサーが言葉を返す。
 その声は、キャサリンのもとまでは届かない。
 アーサーの表情は警戒しておらず、むしろビオラに興味を持ったようにさえ見えた。