タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 キャサリンは調合室の奥にある、小さな部屋に通してもらった。
 簡素な椅子と机。
 壁には薬草の束が吊るされていて、青みがかった香りが部屋に満ちている。
 エマは入り口近くに控え、2人の距離を適切に保つ。
 向かい合って座ったリディアは、警戒を隠していなかった。

 ――まあ、当然でしょうね

 そこは気にせず、キャサリンは告げる。そこに前置きはない。

「単刀直入に申し上げます。ランドール家が、あなたの研究を王宮に申請しようとしています。あなたへの相談なしに」

 リディアの表情が固まった。

「……。それをどうしてあなたが」
「知っているから、ここに来ました」
「どこから聞いたのですか」
「ここに足繫く通っているレナ嬢からですわ。もっとも、直接の面識はありませんので、ソフィア嬢からのまた聞きになりますが……」

 リディアの目に複雑な色が混じった。
 レナが動いてくれていたことへの驚き。そしてレナの名前が出たことへの、かすかな安堵。
 しばらく目を閉じて考えこんでいたリディアだが、やがては顔を上げてキャサリンを見つめ返す。
 そこに遠慮や媚びはない。
 対等に話をしようとしている、真剣なまなざしだけがあった。

「本当のことを教えてください。あなたはなぜ私に教えに来たのですか? 公爵令嬢が私のような者のために動く理由が、わかりません」

 核心を突く問いだった。
 キャサリンは少しだけ間を置く。
 タイムリープのことは言えないが、嘘をつくつもりもなかった。

「あなたの薬を待っている子どもたちがいます。その子たちに、本物の薬を届けてほしいのです。今のままでは、まだ薬とは言えないものが処方されてしまう。あなたが懸念しているとおりの未来です」

 リディアの目が、わずかに揺れる。

「……。それだけですか?」
「ええ、もちろん」

 リディアの名誉を回復することも、ヴィクターを成敗することも大事だが、最優先すべきは子供たちの命だろう。これを犠牲にしていいわけがない。

 リディアはしばらくキャサリンを食い入るように見つめていた。
 キャサリンが信じるに値する人間なのか、自分の目で判断しようとしている。
 やがて、リディアが言う。

「わかりました。話を聞かせてください」
「ありがとうございます。では、始めましょう」

 キャサリンは静かにうなずき、ソフィアとレナから聞いた情報を整理しながら伝える。
 セリーヌの動き。
 申請の経緯。
 王宮での発表がどのような形で進みそうなのかという予定。
 まだ、ソフィアとは話し合っていないが、リディアが直接確かめることはないだろう。

「……」

 リディアは黙って聞いていた。
 途中で感情的になることも、否定することもなかった。
 静かに一つひとつを飲み込んでいく。
 キャサリンが話しおえると、リディアは天井を見上げていた。

「自分の目でも確かめさせてください」
「もちろんです。いきなり婚約者を疑えというのも無理な話ですわ」

 キャサリンはあっさりと首を振った。

「そういうわけでは……」

 リディアが静かに息を吐く。
 それからゆっくりと立ち上がった。

「数日、時間をください」
「いいでしょう」

 キャサリンが答えると、リディアはもう一度キャサリンを見た。
 何かを言いかけて、途中でやめる。
 代わりに、深く一礼した。
 退店するリディアの背中を見つめながら、キャサリンは侍女に言葉を投げる。

「エマ、次に行くわよ」
「はい、お嬢様」

 やることは、まだたくさんある。

 ――でも、今度はすべて間に合わせるわ。

 キャサリンは前を向いたまま、静かにそう思った。