タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 新薬の発表が始まった。
 ヴィクターが壇上に立ち、ゆっくりと会場を見渡してから口を開く。自分こそが主人公であるという自信が、立ち振る舞いから隠れていない。

「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」

 よく通る声だ。
 堂々とした姿は、発表者の見栄えとして悪くない。

「このたびランドール家では、長年の研究の末、難病の治療に有効な新薬の開発に成功いたしました」

 長年の研究。
 その言葉が空気に溶けていく。
 キャサリンは表情を変えなかった。
 会場から、感嘆の拍手が起きる。
 難病の治療薬。
 それだけで、注目度が段違いだ。
 医師たちも手帳を取り出し、メモの準備をはじめる。

 ――いい気なものね。

 ヴィクターの説明は流暢だ。
 薬の概要。
 効能。
 投与の方法。
 どれも本当に自分で作ったかのように、その口ぶりはよどみない。
 よく準備されたものだった。
 もちろん、その内容はすべてリディアが7年の歳月をかけて積みあげたものだ。
 ヴィクターの内助など、どれだけ甘く見積もっても2%程度だろう。
 ちょっとでも常識がある人間ならば、それを自分の手柄だとは間違っても思えない。

「……」

 キャサリンが、リディアの横顔に視線を向ける。
 とても落ち着いていて、リディアに怒っている様子は見られない。

 ――名誉を投げ捨てでも、治療を優先したいということね。

 だが、その目は壇上のヴィクターを、見定めるようにまっすぐ見ている。
 キャサリンはリディアに感心しながら、ヴィクターの言葉に耳を傾けつづけた。



✿✿✿❀✿✿✿



 質疑応答に移り、会場の雰囲気が少しだけ引き締まる。
 最初に手を挙げたのは、王宮つきの若い医師だった。
 飾り気のない服装に、真剣な目をした青年だ。

「一点だけ。この薬の副作用については、どのようにお考えでしょうか? 非常に強い成分も散見されますので、相応の症状が出ると思うのですが……」

 穏やかな口調だが、その問いは核心を突いている。
 会場の医師たちが、一斉に壇上のヴィクターへ視線を向ける。
 ほんの一瞬だけ間を置き、ヴィクターは力強く否定した。

「問題ありません。十分に安全性を確認しております」

 即答。
 迷いのない声音。
 だが、そのトーンの中に、根拠がないことをキャサリンは聞き取った。
 リディアの顔が強張ったように青ざめる。
 ほんのわずかな変化だが、キャサリンは見逃さなかった。

 ――やはり薬はまだ完成していないのね。

「具体的な根拠を示していただけますか」

 若い医師は追撃の手を休めない。

「それは……資料にも記載したとおりで」

 ヴィクターが書類に目を落とす。
 その手は探そうとさまようだけで、動いていなかった。

 ――答えられるわけないでしょうね。

 副作用の問題がどこにあるのか、その本質を理解していないからだ。
 7年分の蓄積は、他人が簡単に言葉にできるものではない。
 医師たちが、ひそひそと仲間内で話しはじめる。
 新薬への期待が、少しずつ疑念へと変わっていく。

 ――セリーヌ嬢のほうはどうかしら?

 この変化をどう見ているのだろうか。
 キャサリンは、ちらりと後方に視線を向ける。
 セリーヌの表情に差はない。
 むしろ、何かを待っているようにも見えた。

 ――そろそろか……。

 その予感は、すぐに当たった。



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 質疑応答が終わり、会場全体がざわめきの中にある頃合いを見計らって、セリーヌが動いた。
 王宮の関係者に近づき、何かを耳打ちする。
 その手に、書類が握られていた。

「エマ」
「見えています」

 エマがすでに体を動かしかけていた。
 キャサリンは首を振って、侍女を押さえる。

「まだよ。証拠を揃えるなら、向こうに動かせるだけ動かせてから」
「……承知しました」

 エマが静止する。

 ――気分がよくないから、見ているだけっていうのは趣味じゃなのだけれどね。

 理不尽な目に遭っている女性を救うためならば、多少の痛みは受け入れよう。
 全部を見てからタイムリープをするのだと、キャサリンは覚悟を決めていた。