タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 レナは怒っていた。
 燃えるような怒りではない。
 冷たく澄んだ怒りだった。
 理由は単純明快。
 お世話になっている薬師のリディアが、理不尽な目に遭っていることを知ったからだ。
 レナの本業は研究者であり、リディアと関わることは少ないが、それでも薬草の仕入れ先として頻繁に利用させてもらっている。

 それに同じ経歴を持つ者として、少なからずシンパシーも感じていた。
 どうにかして力になりたい。
 だが、自分に何ができるだろうか。

「……」

 浮かない顔をして研究室に入って来たレナに、ソフィアは心配になって声をかけていた。

「どうしたの? まさか、またあなたの記録帳が?」
「いえ……自分のことではないんです」
「じゃあ、いったい何?」
「実は――」

 レナから事情を聴いたソフィアが、沈鬱な表情でうなずく。

「なるほどね……」
「助けてあげたいんですけど、どうしていいのかわからなくて」

 ソフィアは考えこむ。
 研究者と薬師では分野が違う。
 自分が動いても、正直、大したことはできないだろう。
 だからといって、見て見ぬふりをすることはできなかった。

「……あてが全くないわけじゃないわ」
「本当ですか!?」

 レナが驚いたようにソフィアを見る。

「さすがに、婚約の問題や薬師側の不正は私の手に余るわ。でも、そういうことに得意な知り合いがいるの。彼女に助けを求めましょう」

「彼女って……」
「エルフェルト公爵家のキャサリン嬢よ」

 平民のレナでさえ、その名前は知っていた。
 濡れ衣を着せようしたジェームズ殿下を、返り討ちにしたという女傑である。

「お知り合いなんですか……?」

 レナは目を白黒とさせて、ソフィアに尋ねる。

「以前、少しお世話になったことがあるの」

 それ以上の詳細は語らなかったが、ソフィアの言葉には確信があった。



✿✿✿❀✿✿✿



 数日後、キャサリンのもとをソフィアが訪ねていた。
 屋敷の応接室で向かい合い、キャサリンはレナからの話をソフィア経由で伝えられる。
 申請の経緯。
 セリーヌの動き。
 リディアの感じているだろう焦りと、それでも薬を完成させようとしていること。
 キャサリンは黙って聞いていた。
 時折、紅茶のカップを口につけたが、最後まで言葉を話さなかった。

 ――確かに、これはソフィア嬢だけではどうしようもないわね。

「事情はわかりましたわ。とにかく、やれるだけのことはやってみましょう」
「ありがとうございます」

 ソフィアがキャサリンに頭を下げた。

 ――薬の功績を取り戻すことと、セリーヌ嬢の不穏な動き……。とりあえず、発表当日に何が起こるのかは見ておかないとまずいわね。

「発表は私も同席できるかしら?」
「もちろんです。エルフェルト家であれば、現場にいても何も不自然ではないと思います」

 ソフィアの返事に、キャサリンはうなずき、少しの間考えるように目を閉じた。

「リディアさんという方は、今どういう状態ですか?」
「薬の完成を急いでいます。申請が出てしまった以上、一刻も早く副作用を解消しなければと」
「……そうですか」

 キャサリンが窓の外に視線を向ける。
 ソフィアも釣られて外に目を向けるが、すぐにキャサリンは口を開いていた。

「動けるかどうかは、当日次第ですわ。証拠が足りなければ、できることも限られてしまいます」
「……はい、承知しています」

 ソフィアがもう一度、キャサリンに頭を下げた。
 それを見るにつき、キャサリンは立ち上がる。

「エマ」
「はい、お嬢様」

 そばで控えていた侍女が、静かに前に出る。

「セリーヌ嬢について、調べられるだけ調べておいて」
「かしこまりました」

 エマが一礼して下がっていく。
 屋敷を去っていくソフィアの後ろ姿を眺めながら、キャサリンはすでに頭の中で道筋を考えはじめていた。