翌朝、エマはいつもどおりに部屋へやって来た。
銀の盆には、温められた紅茶と軽い朝食が載っている。カップの位置も、添えられた匙の角度も、いつもと変わらない。春の朝の光を受けて、白い磁器が淡く輝いていた。
「おはようございます、お嬢様」
「……。おはよう」
キャサリンは返事をしながら、エマの顔を見た。
昨夜、早く休むよう命じたはずだ。
その効果があったのならよかったのだが、エマの顔色は思ったほど戻っていない。目元に疲れが残っている。化粧や整えた髪で隠そうとしているが、キャサリンの目をごまかせるほどではなかった。
それでも、所作は乱れていない。
盆を置く。
カーテンを開ける。
机の上に今日の予定表を差し出す。
いつもと同じだ。
変わらないからこそ、かえって不安になる。
「昨夜は眠れた?」
「はい」
即答だ。
その返事は早すぎるくらいだった。
「本当に?」
キャサリンが重ねて問うと、エマは一瞬だけ目を伏せた。
「……少し、夜中に目が覚めたかもしれません」
「ええ、そうでしょうね。物音がしたわ」
エマの指先が止まる。
それは些細な変化にすぎなかったのだが、これを見逃すキャサリンではない。
「落としたの?」
「申し訳ございません。起こしてしまいましたか?」
「そこまでではないわ。ただ、気になっただけよ」
エマは静かに頭を下げた。
「私室で、探し物をしておりました」
「あなたが……? いったい何をなくしたというの?」
「少し気になることがありまして」
曖昧な返事だった。
彼女らしくない。
いつものエマなら、必要な情報だけを過不足なく伝えているだろう。余計なことは言わないが、必要なことも隠さないのだ。
今の返事は、本人でさえも何を探していたのかがはっきりしていないように聞こえた。
「そう……」
キャサリンは短く答え、予定表に目を落とした。
部屋の中に、春の朝の静けさだけが満ちる。
窓の外では、若葉が風に揺れていた。
青くやわらかな緑が、陽光を受けてほころぶように広がっている。
横目で侍女の様子を窺えば、エマがまた外を見ていた。
浮かんでいる表情は、恋をしている婦人のものとは思えない。もっと遠いものを見ているような顔つきだった。
「エマ、あなたに外出の予定は?」
「ございません」
こちらも即答だった。
「そう、わかったわ」
キャサリンはカップを手に取った。
紅茶の香りはいつもと同じだ。渋みが出すぎない温度で、少しだけ花の香りが残る。エマらしい完璧な淹れ方だった。
だからこそ、余計に気がかりだ。
例えるならば、美しい刺繍の裏で、一本だけ糸が違う場所へ引っかかっているような違和感だった。
「今日も少し休みなさい」
キャサリンが言うと、エマはすぐに首を横に振った。
「必要ございません」
「エマ……」
「侍女の仕事に支障はございません」
「支障が出てからでは遅いでしょう?」
自分でも思っていたより、強い声が出た。
エマが静かに口を閉じる。
少しの間、その場にとどまっていたエマだったが、やがては諦めたように一礼していた。
銀の盆には、温められた紅茶と軽い朝食が載っている。カップの位置も、添えられた匙の角度も、いつもと変わらない。春の朝の光を受けて、白い磁器が淡く輝いていた。
「おはようございます、お嬢様」
「……。おはよう」
キャサリンは返事をしながら、エマの顔を見た。
昨夜、早く休むよう命じたはずだ。
その効果があったのならよかったのだが、エマの顔色は思ったほど戻っていない。目元に疲れが残っている。化粧や整えた髪で隠そうとしているが、キャサリンの目をごまかせるほどではなかった。
それでも、所作は乱れていない。
盆を置く。
カーテンを開ける。
机の上に今日の予定表を差し出す。
いつもと同じだ。
変わらないからこそ、かえって不安になる。
「昨夜は眠れた?」
「はい」
即答だ。
その返事は早すぎるくらいだった。
「本当に?」
キャサリンが重ねて問うと、エマは一瞬だけ目を伏せた。
「……少し、夜中に目が覚めたかもしれません」
「ええ、そうでしょうね。物音がしたわ」
エマの指先が止まる。
それは些細な変化にすぎなかったのだが、これを見逃すキャサリンではない。
「落としたの?」
「申し訳ございません。起こしてしまいましたか?」
「そこまでではないわ。ただ、気になっただけよ」
エマは静かに頭を下げた。
「私室で、探し物をしておりました」
「あなたが……? いったい何をなくしたというの?」
「少し気になることがありまして」
曖昧な返事だった。
彼女らしくない。
いつものエマなら、必要な情報だけを過不足なく伝えているだろう。余計なことは言わないが、必要なことも隠さないのだ。
今の返事は、本人でさえも何を探していたのかがはっきりしていないように聞こえた。
「そう……」
キャサリンは短く答え、予定表に目を落とした。
部屋の中に、春の朝の静けさだけが満ちる。
窓の外では、若葉が風に揺れていた。
青くやわらかな緑が、陽光を受けてほころぶように広がっている。
横目で侍女の様子を窺えば、エマがまた外を見ていた。
浮かんでいる表情は、恋をしている婦人のものとは思えない。もっと遠いものを見ているような顔つきだった。
「エマ、あなたに外出の予定は?」
「ございません」
こちらも即答だった。
「そう、わかったわ」
キャサリンはカップを手に取った。
紅茶の香りはいつもと同じだ。渋みが出すぎない温度で、少しだけ花の香りが残る。エマらしい完璧な淹れ方だった。
だからこそ、余計に気がかりだ。
例えるならば、美しい刺繍の裏で、一本だけ糸が違う場所へ引っかかっているような違和感だった。
「今日も少し休みなさい」
キャサリンが言うと、エマはすぐに首を横に振った。
「必要ございません」
「エマ……」
「侍女の仕事に支障はございません」
「支障が出てからでは遅いでしょう?」
自分でも思っていたより、強い声が出た。
エマが静かに口を閉じる。
少しの間、その場にとどまっていたエマだったが、やがては諦めたように一礼していた。

