タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 散会になったのは、夜も更けた頃だった。
 ロルフとミリアムが参加者を見送る中、エマは早々に出口へと向かった。

「あの……!」

 背後から声がかかった。
 振り返ると、ダライアスが外套を着ながら追いかけて来るところだった。

「同じ方向なので……よければ」

 歯切れが悪い。
 送っていきたいのか、それとも単に帰り道が重なるだけなのかが、はっきりしない言い方だ。

「どちらのほうに?」

 エマが問い返すと、ダライアスが通りの名を告げた。
 商家とは逆方向だ。

「私は西ですので、方向が違います」
「あっ、そうか……。そうですよね」

 ダライアスが少しだけ残念そうな顔をした。
 隠しているつもりなのかもしれないが、わかりやすく顔に出ている。

「では」

 エマが踵を返すと、後ろからまたひとつ声がかかった。

「今夜は、話を聞いてくれてありがとうございました。仕事の話なんて、聞いてくれる人があまりいなかったので」

 素直な言葉だった。
 取り繕いが一切ない。
 エマはしばらく黙ってから、短く返した。

「また機会があれば」

 それだけ言って、エマは歩きだす。
 少しだけもったいなかったような気がしないでもない。素直に送ってもらえばよかっただろうか。
 だが、自分からアタックするのはなんだか癪だった。
 最終的に積極さを発揮するのがこちらであっても構わないが、せめて向こうが露骨な好意を示してからだろう。相手を立てるのと、かいがいしく世話をするのとは、似ているようで全然異なる。女性として扱われるのかどうかという点には、天と地ほどの隔たりがあった。

 夜の通りには、春の風が吹いていた。
 角を曲がったとき、ふと足が止まる。
 服飾店のショーウィンドウだ。
 明かりに照らされた飾り窓の中に、一着のドレスが展示されていた。
 淡い春色のドレスだ。
 薄桃色を基調に、裾には白い小花の刺繍が施されている。派手ではない。けれど、よく見れば細部まで手の込んだ、美しい一着だった。

「……」

 エマはしばらく、それを見つめた。
 子爵家の令嬢だった頃、こういったドレスを着ていた。
 舞踏会の前夜、侍女に手伝ってもらいながら鏡の前に立ったこともある。あれはいったい何年前のことだっただろうか。

 もう丸っきり縁のないものだ。
 それはわかっている。だけれども、目が離せなかった。

「きれいですね」

 背後の声に、エマは我に返った。
 振り向けば、ダライアスが立っている。
 さっき別れたはずだが、なぜここにいるのだろうか。どうにもエマを追って来たわけではなさそうだ。

「……。道に迷ったんですか?」

 エマが問うと、ダライアスは少し間を置いてから答えた。

「ちょっとだけ」

 少しではないだろうと思ったエマだったが、黙っておくことにした。
 ダライアスの視線が、ショーウィンドウのドレスに向いている。

「似合いそうですね、あなたに」

 言われて、エマもドレスに視線を戻す。
 何も答えなかった。
 どんな返事をすればいいのか、わからなかったからだ。

「帰り道はご存知ですか?」

 ダライアスが首を横に振る。

「……。途中まで案内します」
「いえ、そんな。夜も遅いですし」
「放っておくと、明日の朝まで違う通りを歩いていそうですので」

 口にしてから、少し言いすぎただろうかと思った。
 だが、ダライアスは傷ついた様子もなく、むしろ真剣にうなずいている。

「たしかに、その可能性も否定できません」
「そこはさすがに否定してください」

 思わず返してしまってから、エマは口を閉じた。
 ダライアスは一瞬きょとんとした後、くしゃりと笑った。
 その笑い方を見て、エマは視線を逸らす。
 まったく、調子が狂う。
 夜の町は、昼間とは少し違う顔をしていた。
 店先の灯りが石畳に落ち、歩く人々の影を細く伸ばしている。春とはいえ、日が沈めばまだ肌寒い。エマは外套の前を軽く押さえながら、迷いのない足取りで通りを進んだ。

 その半歩ほど後ろを、ダライアスがついて来る。

「あなたは、道に詳しいのですね」
「必要でしたので」
「仕事で?」
「ええ。使いに出ることもありますし、商家の者として、どの通りに何の店があるかは把握しておくべきです」

「なるほど……」

 ダライアスは感心したように声を漏らした。

「僕は、どうにも苦手で。工房と納品先を往復するだけなら、どうにかこなせないこともないのですが、少しでも外れてしまうと……」

 そうだろうなという感想を、エマは内心だけにとどめた。