タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 食事が始まると、場は一気に賑やかになる。
 話し上手な若者が場を引っ張り、笑い声が上がる。エマは盛り下げないよう、適切に相槌を打っていたが、内心では退屈さを感じていた。

 はす向かいのダライアスは、全く輪に入れていない。
 出席した手前、どうにか参加しようと心がけているのだろうが、タイミングがつかめないらしく、声を出しかけては引っこめている。

 不器用な男だ。
 そもそも、こんな場に出席すること自体が向いていない。
 自分と同じで仕方なく参加したのだろうかと、ぼんやりと考えごとをした直後だった。
 ダライアスがグラスに手を伸ばして引っかけ、中身を盛大にテーブルの上にこぼした。

「おわっ!」

 広がっていく水。
 隣の者が驚いて椅子を引く。ダライアスは真っ赤になって立ち上がった。

「た、大変失礼しました。ただ今、布巾を」

 エマはすでに動いていた。
 卓上の布巾を手に取り、こぼれた水を手際よく拭き取る。追加の布巾を店の者に頼んで、グラスを元の位置に戻した。一連の作業をたった十数秒の間にこなしている。

「……ありがとうございます」

 呆気に取られるようにして、ダライアスが小声で言った。
 顔がまだ赤い。

「お怪我はありませんか?」
「ないです。本当に、すみません」
「構いません」

 エマは短く答えて、前を向いた。
 場はすでに次の話題に移っている。
 ダライアスが小さくため息をついた。

「あなたは、慣れているのですか? こういう、とっさのことに……」
「仕事柄、そうなっているだけです」

 そっけなく返してから、エマは続きを待った。
 気まずさを埋めようとするなら、次に何か言うはずだ。

「……あの。仕事は、今も商家で帳簿を?」
「ええ、まだそちらに」
「そうですか。僕はガラス細工を。工房で修行中なのですが……」

 ダライアスが少しだけ声のトーンを落とした。
 修行中という言葉に、なんとなく気まずさが滲んでいる。この席には、独立した職人や商家の子息が多い。いまだに修行中の身というのは、引け目になるのだろう。

「吹きガラスですか、それとも別の技法を?」

 エマは少しだけ身を向けた。すでによく知った事情だったが、この程度のリップサービスであれば、誰が相手であってもする。

「吹きガラスが主です。あとは彫刻を少しばかり」
「難しそうな技術ですね」
「はい、本当に難度が高くて……。なかなか思うようにいってくれません」

 苦笑するダライアスの顔が、少しだけほぐれた。
 仕事の話になると、先ほどまでとは声の張りが違うことに気づく。特段、会話を続けるつもりはなかったのだが、ものはついでだと尋ねてみる。

「どのあたりが一番難しいですか?」

 エマが問い返すと、ダライアスはわずかに目を輝かせた。

「息の加減ですかね。強すぎると形が崩れてしまいますが、弱すぎても膨らまない。その日の気候や、ガラスの状態によっても変わるので、教本のようなわかりやすい正解がないんです。毎回、炉の前でゼロから向き合う感じでして」

「だから毎日、同じことをくり返しているんですね」

 言ってしまってから、エマは口をつぐんだ。ダライアスが少し驚いた顔をしている。

「工房の前を通ったことがありまして……失礼しました」

 エマが短く詫びると、ダライアスはつかの間、沈黙してから、困ったように笑った。

「見られていたんですね」
「通り道でしたので」
「……そうだとすると、僕が親方に怒鳴られているのも知っているんじゃありませんか?」
「ええ……まあ」

 ダライアスが天井を仰いだ。

「これは恥ずかしいな……。鼻息荒く語ってしまったのに、実態を知られていたんじゃ格好がつきませんね」

 呟いてから、それでもダライアスは口元に笑みを浮かべる。羞恥よりも、どこか清々しさのある表情だった。

「でも、やめようとは思わないんです。うまくいかないのは悔しいけれど……炉の前に立つたびに、今日こそはと奮い立ちます。その繰り返しで、少しずつ変わって来るものもあって」

 仕事の話をするダライアスは、別人のようだった。
 先ほどまでの頼りない様子が消えて、言葉に芯が通っている。
 エマはそのとき初めて、真剣にダライアスの顔を見た。
 すごく整った顔立ちではない。不細工ではないが、良くも悪くも普通の範疇を抜け出さないのだ。
 食事会はそれからも続き、エマとダライアスの間には、ぽつりぽつりと言葉が行き交った。話しかけるのは、どちらかといえばダライアスのほうが多かった。そこには、少なからずエマ側の遠慮と照れがあったのだが、無論、そんなことに気がつくダライアスではない。