タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 問いかければ、ダミアンが我に返ったように口を開く。

「ええ……。この市場は、先月に初めて来ました。それまでは王都の近場の商店を利用していたので……高齢を理由に懇意にしていた商家がやめてしまったんです」

「西側ですね」

 相槌を打ったエマが、商人のほうに視線を戻す。

「半年前にこの通りで問題を起こしたという話、今のお言葉とは随分と食い違うようですね。ところで、今度は証人のお二方に尋ねますが、以前にダミアン様が問題を起こした場面を、具体的にどちらの露店の前でご覧になりましたか?」

「そんなこと聞いて――」
「日時と場所がわかれば、市場を管理しているところに記録を照合できます。まさか通報しないような小さな問題で、ダミアン様にいちゃもんをつけているわけじゃないですものね」

 2人の男が顔を見合わせた。
 答えは出て来ない。
 出て来るはずがなかった。
 エマが視線を前へと向けたまま、淡々と言葉を続けた。

「虚偽の証言は、場合によっては法的な問題になりえます。管理人にも同席していただいていますので、その点はご承知おきください」

 2人の男が、ぎょっとして後ろを振り返った。
 エマが市場通りに入ったのは昼を過ぎた頃合いだ。
 薬草商に立ち寄る前に、管理人の詰め所に顔を出してあった。エルフェルト家の侍女として、情報を交換するための活動にすぎなかったが、まさか本職のほうで役に立つとはエマも予想だにしていない。

 管理人が無言で一歩前に出る。
 顔を知らずとも、腕章からどういう人物であるかは察しがつく。その存在を認めた途端に、2人の男は揃って頭を下げた。

「も、申し訳ありませんでした。頼まれただけで……」
「小遣いをもらっただけです。本当のことは何も知りません」

 商人が露骨に舌打ちをした。
 もはや打てる手は残されていない。

「いつもこのようなやり方で?」

 エマが商人を見据えた。

「粗悪品を高値で売りつけ、返金を求められれば偽の証人を立てて逆に賠償を要求する。被害を受けた方は、ほかにも大勢いらっしゃるのではないでしょうか。ベルクリフ様、過去の記録をご確認いただけますか?」

 管理人のベルクリフが重々しくうなずいて、商人に向きなおった。

「心当たりがあるのなら、今のうちに話したほうが身のためだぞ」

 商人の顔から、残っていた余裕の色が完全に消えた。
 しばらくの沈黙の後、がっくりと肩を落とす。
 結末は驚くほど早かった。
 過去にも複数の被害者がいることがその場で明らかになり、商人は即日、市場からの追放処分となった。証人の2人は管理人に事情を説明した上で、厳重注意で解放される。腕っぷしに自信があるようなので、肉体労働にはなるものの、ちゃんとした仕事を紹介してもらえることになって喜んでいた。

 ダミアンは返金を受け取り、それからしばらく、呆然とした顔でエマを見ていた。

「エマさんは……いつの間に管理人を?」
「たまたまです」

 はぐらかすようなエマの答えに、ダミアンは疑うような目線を向けている。それを認めたベルクリフが、微苦笑を浮かべて応じた。

「私の甥がエルフェルト家で執事をやっていてね。直接顔を合わせるのは体裁的によろしくないので、こうしてエマ殿から甥の近況を聞いているというわけだ」

「私のほうは自衛の延長、ベルクリフ様からすれば巡回の延長ですので、雑談をしていても別に変ではありませんわ」

 涼しい顔で答えるエマを、ダミアンは感心したような表情で見つめている。

「あなたはいつも、そうなんですね」
「どういう意味でしょう?」
「抜かりがないというか……。見ていて、爽快感があります」

 褒め言葉なのだろう。
 しかし、言われ慣れていない種類の言葉だったので、エマは少しだけ返答に詰まった。

「仕事柄、そうなっているだけです」

 そっけなく返して、エマは荷物を持ちなおした。

「それでは」
「あの」

 またダミアンが引き止めた。
 振り返る。

「今日は本当に助けていただき、ありがとうございました。また、お茶でも……」
「急ぎますので」

 エマは短く断った。
 断ってから、少しだけ惜しいような気がした。
 そうして、自分の感覚を訝しんだエマが、内心で眉を寄せる。
 急ぎの用事があるのは本当だ。
 惜しいと感じる理由など、どこにもないはずだった。

「またいつか!」

 ダミアンが背後から声を飛ばした。
 春の風が通り抜けて、荷物の布をひらりとはためかせた。