老職人は60を過ぎた、無口な男だった。
エマが事情を説明すると、男は黙ったまま部品を受け取った。指先でなぞり、光にかざし、それから小さな道具で表面を削る。断面を見た老職人は、エマにつまらなそうな顔を向けた。
「粗悪品だ」
たった一言。
だが、それで十分だった。
「上物を使ったのは表面の加工だけ。中身はがらくただな。こんなものを時計に入れたら、半月も持たん」
「ありがとうございます」
エマが一礼して、商人のもとへと戻っていく。
老職人がついてくるわけではないが、彼が口を開いたのを周囲の露店商人たちも認めていた。市場の空気が、先ほどよりも少しだけ強張っている。
「お聞きになりましたね?」
商人の顔には、まだ余裕の色があった。それがかえって、エマの警戒を高めた。
まだ何かある。
そう思った瞬間、商人が手を叩いていた。
どこに潜んでいたのか、両脇から男が2人現れる。商人仲間というよりも、雇われた牢人といった風情だ。
「ちょっと待ってくれ!」
商人が急に声を張り上げた。
周囲の視線が集まって来る。計算した上での大声だと、エマは理解した。
「この男、以前も同じことをやったんだ。品物を買っておいて、後から難癖をつけて返金を要求する。俺の店だけじゃない、ほかの店でも似たようなことをしていた。だよな?」
促された2人の男が、大きくうなずく。
「そうそう、俺も見たぜ」
「問題客だって話は聞いていたよ」
ダミアンが目を丸くした。
言い返す言葉が見つからないのか、口を開けたまま狼狽している。
周囲の人々がざわめきはじめた。
商人はその騒ぎを利用するように、さらに声を大きくした。
「それどころか、こちらとしては精神的な損害だって馬鹿にならない。変な噂がついたんじゃ、たまったものじゃないからな。返金どころか、こっちが賠償を求めたいくらいだ」
巧妙だ。
偽物を売った事実から、人々の目をそらすために事態を誇張している。ダミアンを問題客に仕立て上げて、自分たちを被害者に見せる算段だ。
エマは静かに、商人と2人の証人を交互に見た。
「では、確認いたしましょうか」
エマの声は決して大きなものではなかった。
それでも、場の空気を引き寄せるだけの落ち着きがあった。
喧騒がいくらか鎮まる。
「ダミアン様が以前にも同じことをしたとおっしゃいましたね」
「そうだよ。何度もだ」
「初めて問題を起こしたのはいつ頃のことですか? 加えて、ここ以外の店についても、具体的な場所を教えてください」
商人が一瞬だけ、目を泳がせた。
「さあ……半年ほど前か……。場所は、この通りのもう少し奥にある――」
「それはおかしいですね」
エマが力強く遮った。
「ダミアン様がこの市場を利用されるようになったのは、つい最近のことです。半年前には、この通りにはいらっしゃらなかった。違いますか、ダミアン様?」
そもそもエマがダミアンを薬草売りに案内したのは、市場通りに不慣れだったからだ。ダミアンはナンパをするような性格ではないだろうが、仮に自分とお茶がしたかったのだとすれば、もう少しストレートに誘っているだろう。
道を知らないなんて古典的な手は使わないはずだ。本当にわからないからこそ、エマに尋ねたに決まっていた。
エマが事情を説明すると、男は黙ったまま部品を受け取った。指先でなぞり、光にかざし、それから小さな道具で表面を削る。断面を見た老職人は、エマにつまらなそうな顔を向けた。
「粗悪品だ」
たった一言。
だが、それで十分だった。
「上物を使ったのは表面の加工だけ。中身はがらくただな。こんなものを時計に入れたら、半月も持たん」
「ありがとうございます」
エマが一礼して、商人のもとへと戻っていく。
老職人がついてくるわけではないが、彼が口を開いたのを周囲の露店商人たちも認めていた。市場の空気が、先ほどよりも少しだけ強張っている。
「お聞きになりましたね?」
商人の顔には、まだ余裕の色があった。それがかえって、エマの警戒を高めた。
まだ何かある。
そう思った瞬間、商人が手を叩いていた。
どこに潜んでいたのか、両脇から男が2人現れる。商人仲間というよりも、雇われた牢人といった風情だ。
「ちょっと待ってくれ!」
商人が急に声を張り上げた。
周囲の視線が集まって来る。計算した上での大声だと、エマは理解した。
「この男、以前も同じことをやったんだ。品物を買っておいて、後から難癖をつけて返金を要求する。俺の店だけじゃない、ほかの店でも似たようなことをしていた。だよな?」
促された2人の男が、大きくうなずく。
「そうそう、俺も見たぜ」
「問題客だって話は聞いていたよ」
ダミアンが目を丸くした。
言い返す言葉が見つからないのか、口を開けたまま狼狽している。
周囲の人々がざわめきはじめた。
商人はその騒ぎを利用するように、さらに声を大きくした。
「それどころか、こちらとしては精神的な損害だって馬鹿にならない。変な噂がついたんじゃ、たまったものじゃないからな。返金どころか、こっちが賠償を求めたいくらいだ」
巧妙だ。
偽物を売った事実から、人々の目をそらすために事態を誇張している。ダミアンを問題客に仕立て上げて、自分たちを被害者に見せる算段だ。
エマは静かに、商人と2人の証人を交互に見た。
「では、確認いたしましょうか」
エマの声は決して大きなものではなかった。
それでも、場の空気を引き寄せるだけの落ち着きがあった。
喧騒がいくらか鎮まる。
「ダミアン様が以前にも同じことをしたとおっしゃいましたね」
「そうだよ。何度もだ」
「初めて問題を起こしたのはいつ頃のことですか? 加えて、ここ以外の店についても、具体的な場所を教えてください」
商人が一瞬だけ、目を泳がせた。
「さあ……半年ほど前か……。場所は、この通りのもう少し奥にある――」
「それはおかしいですね」
エマが力強く遮った。
「ダミアン様がこの市場を利用されるようになったのは、つい最近のことです。半年前には、この通りにはいらっしゃらなかった。違いますか、ダミアン様?」
そもそもエマがダミアンを薬草売りに案内したのは、市場通りに不慣れだったからだ。ダミアンはナンパをするような性格ではないだろうが、仮に自分とお茶がしたかったのだとすれば、もう少しストレートに誘っているだろう。
道を知らないなんて古典的な手は使わないはずだ。本当にわからないからこそ、エマに尋ねたに決まっていた。

