――チュン、チュン、チュン。
うーーーん。
……よく寝た。
どこかで、すずめが鳴いている。
やわらかな光が、まぶたの裏を金色に染めた。
ゆっくり目を開ける。
すると――。
見たことのない天井。
蓮の花の模様が、色とりどりに描かれている。
「……え?」
どこ。
なにここ。
ふわり、と甘い香木の香りがした。
指先を動かすと、絹のふとんが、とろけるほどやわらかい。
しかも床には、美しい織物。
え、これ。
高級ホテルどころじゃない。
(……贅沢。贅沢すぎる)
その時。
「姫さま、おはようございます」
白い衣をまとった女の人が、頭を下げた。
髪には金の飾り。
朝日を受けて、きらりと光る。
「朝粥《あさがゆ》のお支度が整っております」
……あ。
そうだった。
転生したんだった。
奈良時代。
しかも、お姫さま。
光明子《こうみょうし》。
(落ち着け、あたし。ここからが本番!)
起き上がると、足元がふらりとした。
すると、侍女がすぐ支えてくれる。
動きが完璧すぎる。
プロだ。
「お髪《ぐし》を結わせていただきます」
櫛が、するりと髪をすべる。
柑橘の香油の香り。
髪をまとめられ、鏡を見ると――。
「……誰!?」
そこにいたのは、超絶美少女だった。
真っ白な肌。
長い黒髪。
額には赤い花鈿《かでん》。
紅がほんのり差されたくちびる。
完全に、奈良時代のお姫さま。
(やば。顔面偏差値、高すぎん?)
侍女が、くすっと笑う。
「姫さま、本日はたいそうご機嫌ですね」
いや、そりゃ見るよ。
昨日まで極道の娘だったのに、急に姫。
人生、何が起こるか分からない。
◆◆◆
朝の廊下は、光で満ちていた。
白い柱。
ゆらめく香。
外から吹く風。
まるで映画のセットみたい。
「朝ごはんどこ?」
そう聞こうとした、その時だった。
前から、派手な女が歩いてきた。
――うわ。
強そう。
額には、これでもかというほど大きな花鈿。
真っ赤な紅。
きらきらの飾り。
そして、いかにも高そうな衣。
後ろには、細身の侍女が三人。
さらに――。
黒い大きな犬。
でかい。
近くで見ると、ちょっと怖い。
毛並みは黒曜石みたいにつやつや。
鼻息だけで、廊下のほこりが舞う。
(うわぁ……サリナ姐さん系)
夜の店で絶対ナンバーワン取るタイプ。
そして絶対マウント強い。
逃げよう。
そう思った瞬間。
バシッ!
女が扇を開いた。
「ちょっと、お待ちなさい!」
「……え?」
女は、じろりと私を見る。
そして、ふんっと鼻を鳴らした。
「これからわたくしの愛しい夫《つま》になるお方と婚姻するくせに、第一夫人であるわたくしに挨拶もできませんの?」
……はい?
「お金があっても躾《しつけ》がなっていない方は困りますわねぇ」
ほーっほっほ!
高笑いが廊下に響く。
(来たーーー! マウント女!)
「あ、お、おはようございます」
とりあえず、無難に頭を下げてみる。
すると女は、さらに笑った。
「あなたのお食事、わたくしが持ってきて差し上げましたの」
え。
やさしい?
……と思った瞬間。
銀の皿に、白い粥がドボドボ注がれた。
そして。
床へ。
え。
床?
しゃがんで取ろうとすると、侍女が慌てて袖を引く。
「姫さま……!」
「え?」
「それは……犬用でございます」
「……は?」
女が楽しそうに笑った。
「ほっほっほ! 犬と一緒に召し上がればよろしいではないですか!」
そして黒犬を呼ぶ。
「クマちゃん♡ この方と仲良くなさい」
ドドドドドッ!
犬が走ってきた。
でかい!
近い!
熱い息!
牙!!
ガツガツガツ!
皿を食べる勢いで粥を食べ始めた。
そのあと、こちらを見る。
じぃぃぃ。
低いうなり声。
「ウゥゥゥ……」
(え、怖っっ)
侍女が、私の腕を引く。
「姫さま、帰りましょう!」
でも。
足が動かない。
転生二日目。
朝ごはん前。
犬とマウントバトルとか聞いてない。
クマが、さらに近づく。
牙をむいた。
「ワンッ!」
思わず、口から出た。
「ちょ、暴れるなら寝てなさいって!」
その瞬間。
ピキッ。
空気が変わった。
犬が、ぴたりと止まる。
目をぱちぱちさせて――
ころん。
「……え?」
犬は、その場で丸くなり。
すぅ……すぅ……
寝た。
爆睡。
「クマ!?」
女が叫ぶ。
「クマーッ!」
しーん。
犬、起きない。
寝息だけ。
くぅぅぅ……。
私は、固まった。
え。
もしかして。
チート?
その時だった。
「何があった?」
低く、きれいな声。
振り向く。
――いた。
昨夜の皇子。
首皇子《おびとのみこ》。
白い顔。
金糸の衣。
でも今日は、少し顔色が悪い。
(……え、無理してない?)
一瞬、目が合った。
その瞳が、ほんの少しだけ揺れた気がした。
でも次の瞬間。
さっきの女が、皇子に泣きつく。
「皇子さま! この女がクマを呪いましたの!」
え!?
盛った!!
「毒を盛ったのですわ!」
「ちょ、ちが――」
皇子は、静かに犬を見る。
そして、小さくため息をついた。
「……まず、犬を薬師《くすし》へ」
その声は、少し苦しそうだった。
せきが混じる。
「こほっ……」
え。
待って。
この人、犬より危なくない?
でも皇子は、私をちらりと見た。
ほんの一瞬だけ。
心配そうに。
誰にも気づかれないくらい、小さな声で。
「……けがはない?」
え。
今、何て?
でも、すぐに視線を戻してしまう。
女が、涙ながらに言った。
「こんな不吉な女、顔も見たくありませんわ! 病気のお母さまのお世話係にでもしてくださいませ!」
……うわ。
左遷きた。
皇子は少し黙った。
そして。
「……母上の館へ連れていけ」
――あっけな。
転生二日目。
女に嫌われ。
病弱皇子には冷たくされ。
病人の世話係へ左遷。
朝の光が、まぶしい。
すずめが、まだチュンチュン鳴いてる。
私は空を見上げて、ため息をついた。
「……なにこの世界。チュンチュン地獄なんだけど」
うーーーん。
……よく寝た。
どこかで、すずめが鳴いている。
やわらかな光が、まぶたの裏を金色に染めた。
ゆっくり目を開ける。
すると――。
見たことのない天井。
蓮の花の模様が、色とりどりに描かれている。
「……え?」
どこ。
なにここ。
ふわり、と甘い香木の香りがした。
指先を動かすと、絹のふとんが、とろけるほどやわらかい。
しかも床には、美しい織物。
え、これ。
高級ホテルどころじゃない。
(……贅沢。贅沢すぎる)
その時。
「姫さま、おはようございます」
白い衣をまとった女の人が、頭を下げた。
髪には金の飾り。
朝日を受けて、きらりと光る。
「朝粥《あさがゆ》のお支度が整っております」
……あ。
そうだった。
転生したんだった。
奈良時代。
しかも、お姫さま。
光明子《こうみょうし》。
(落ち着け、あたし。ここからが本番!)
起き上がると、足元がふらりとした。
すると、侍女がすぐ支えてくれる。
動きが完璧すぎる。
プロだ。
「お髪《ぐし》を結わせていただきます」
櫛が、するりと髪をすべる。
柑橘の香油の香り。
髪をまとめられ、鏡を見ると――。
「……誰!?」
そこにいたのは、超絶美少女だった。
真っ白な肌。
長い黒髪。
額には赤い花鈿《かでん》。
紅がほんのり差されたくちびる。
完全に、奈良時代のお姫さま。
(やば。顔面偏差値、高すぎん?)
侍女が、くすっと笑う。
「姫さま、本日はたいそうご機嫌ですね」
いや、そりゃ見るよ。
昨日まで極道の娘だったのに、急に姫。
人生、何が起こるか分からない。
◆◆◆
朝の廊下は、光で満ちていた。
白い柱。
ゆらめく香。
外から吹く風。
まるで映画のセットみたい。
「朝ごはんどこ?」
そう聞こうとした、その時だった。
前から、派手な女が歩いてきた。
――うわ。
強そう。
額には、これでもかというほど大きな花鈿。
真っ赤な紅。
きらきらの飾り。
そして、いかにも高そうな衣。
後ろには、細身の侍女が三人。
さらに――。
黒い大きな犬。
でかい。
近くで見ると、ちょっと怖い。
毛並みは黒曜石みたいにつやつや。
鼻息だけで、廊下のほこりが舞う。
(うわぁ……サリナ姐さん系)
夜の店で絶対ナンバーワン取るタイプ。
そして絶対マウント強い。
逃げよう。
そう思った瞬間。
バシッ!
女が扇を開いた。
「ちょっと、お待ちなさい!」
「……え?」
女は、じろりと私を見る。
そして、ふんっと鼻を鳴らした。
「これからわたくしの愛しい夫《つま》になるお方と婚姻するくせに、第一夫人であるわたくしに挨拶もできませんの?」
……はい?
「お金があっても躾《しつけ》がなっていない方は困りますわねぇ」
ほーっほっほ!
高笑いが廊下に響く。
(来たーーー! マウント女!)
「あ、お、おはようございます」
とりあえず、無難に頭を下げてみる。
すると女は、さらに笑った。
「あなたのお食事、わたくしが持ってきて差し上げましたの」
え。
やさしい?
……と思った瞬間。
銀の皿に、白い粥がドボドボ注がれた。
そして。
床へ。
え。
床?
しゃがんで取ろうとすると、侍女が慌てて袖を引く。
「姫さま……!」
「え?」
「それは……犬用でございます」
「……は?」
女が楽しそうに笑った。
「ほっほっほ! 犬と一緒に召し上がればよろしいではないですか!」
そして黒犬を呼ぶ。
「クマちゃん♡ この方と仲良くなさい」
ドドドドドッ!
犬が走ってきた。
でかい!
近い!
熱い息!
牙!!
ガツガツガツ!
皿を食べる勢いで粥を食べ始めた。
そのあと、こちらを見る。
じぃぃぃ。
低いうなり声。
「ウゥゥゥ……」
(え、怖っっ)
侍女が、私の腕を引く。
「姫さま、帰りましょう!」
でも。
足が動かない。
転生二日目。
朝ごはん前。
犬とマウントバトルとか聞いてない。
クマが、さらに近づく。
牙をむいた。
「ワンッ!」
思わず、口から出た。
「ちょ、暴れるなら寝てなさいって!」
その瞬間。
ピキッ。
空気が変わった。
犬が、ぴたりと止まる。
目をぱちぱちさせて――
ころん。
「……え?」
犬は、その場で丸くなり。
すぅ……すぅ……
寝た。
爆睡。
「クマ!?」
女が叫ぶ。
「クマーッ!」
しーん。
犬、起きない。
寝息だけ。
くぅぅぅ……。
私は、固まった。
え。
もしかして。
チート?
その時だった。
「何があった?」
低く、きれいな声。
振り向く。
――いた。
昨夜の皇子。
首皇子《おびとのみこ》。
白い顔。
金糸の衣。
でも今日は、少し顔色が悪い。
(……え、無理してない?)
一瞬、目が合った。
その瞳が、ほんの少しだけ揺れた気がした。
でも次の瞬間。
さっきの女が、皇子に泣きつく。
「皇子さま! この女がクマを呪いましたの!」
え!?
盛った!!
「毒を盛ったのですわ!」
「ちょ、ちが――」
皇子は、静かに犬を見る。
そして、小さくため息をついた。
「……まず、犬を薬師《くすし》へ」
その声は、少し苦しそうだった。
せきが混じる。
「こほっ……」
え。
待って。
この人、犬より危なくない?
でも皇子は、私をちらりと見た。
ほんの一瞬だけ。
心配そうに。
誰にも気づかれないくらい、小さな声で。
「……けがはない?」
え。
今、何て?
でも、すぐに視線を戻してしまう。
女が、涙ながらに言った。
「こんな不吉な女、顔も見たくありませんわ! 病気のお母さまのお世話係にでもしてくださいませ!」
……うわ。
左遷きた。
皇子は少し黙った。
そして。
「……母上の館へ連れていけ」
――あっけな。
転生二日目。
女に嫌われ。
病弱皇子には冷たくされ。
病人の世話係へ左遷。
朝の光が、まぶしい。
すずめが、まだチュンチュン鳴いてる。
私は空を見上げて、ため息をついた。
「……なにこの世界。チュンチュン地獄なんだけど」

