その日は外に昼食を取りに出ていて、総務部に戻ろうと入り込んだエレベーターが動き出してすぐに止まって、入ってきた人物にぴりっと空気が張った。
──社長だ。
女子たちがそわそわし始めるけれど、社長はいつも通りの無表情でエレベーターに乗りまっすぐ前を向いたまま。
……今日も(ほくろが)美しい。
「……何を見ている」
ふと、私に視線を向けることなく社長が言った。
「今日もつやつやですね!! ほくろ!!」
「は?」
エレベーター内が静まり返った。
女子社員がこちらを凝視して「えっ」って顔してる。
社長は無言で石化して、それからすぐに、深くて長いため息をついた。
「君は本当にそれしかないのか? 普通もっと他にあるだろ」
「例えば?」
「……顔とか」
顔?
確かに整っているしカッコいいけど……私はそれよりほくろの方が良いなぁ……。
あ、もしかして!!
「社長って、自分の顔好きなんですか?」
私のその一言に、空気が凍った。
あれ?
なんかまずかった?
社長は目を細めて私をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「君は変な女だな」
「よく言われます!!」
えっへん、とそう言い切った、その瞬間だった。
ふっ、と、社長の口元が少し緩んだではないか。
え、笑った?
ほくろが動いた!!
口角と一緒にほんの少し持ち上がった!!
え、待って。破壊力高すぎる。
私は思わず口を押さえてふるふると震えた。
「っ……!!」
じんわりと、目に浮かび上がる涙。
それを見た社長が眉をひそめる。
「どう、した?」
「今……」
「は?」
「今、めちゃくちゃ動きましたね……!! ほくろ!!」
「…………」
すると社長の顔から表情が消え、エレベーターが開くと同時に、社長は無言で降りていった。
去り際、ぼそっと聞こえてしまった。
「やっぱりただの変態だ……」と──。
違う。
私は感動していただけだ。
後ろの女子社員たちはドン引きしていたのは気のせいだと思おう。
***
夕方になってもあの光景が脳内で鮮明に何度も再生される。
あの、口角と一緒に大きく動く、魅惑のほくろ。
奇跡としか言いようがないバランス加減は、もはや文化遺産。うへへ……。
「お前また気持ち悪いこと考えてるだろ」
思い出し笑いをしていると、修二が資料を抱えて入ってきた。
「聞いて修二」
「聞きたくない」
「社長のほくろが動いた」
「聞きたくないって言ったよな!?」
そんな修二に、私は真剣な顔でバンッと机を叩いた。
「すごかったの!!」
「何が!?」
「口角との連動性が!!」
「……」
瞬時に、修二が遠い目をした。
「お前さ、社長本人のことは何とも思わないわけ?」
社長本人?
……怖い。でも時々ちょっと面白い。
笑うとすごい。あとは──。
思い出される少し幼さの見える笑顔に、ドクンと鼓動が跳ねるのを感じた。
「っ!?」
いや違う。
断じて違う。
「違うよ!!」
「何が!?」
「私は純粋にほくろを愛してるだけだから!!」
きっとそう!!
だってあれは、探し求めていた理想のほくろなんだから!!
そんな私に、修二はまた天を仰いだ。
「社長、逃げてくれ……」



