そのほくろに恋をした


 「ふぅ……」
 社長に渡すための資料の山を抱えた私は、部屋の前で一度大きく深呼吸する。
 そして小さく扉を叩くと「どうぞ」と扉の向こうから声がした。

 「失礼します」
 扉を開けた瞬間、私は一瞬で硬直した。

 窓際で書類を読む社長の横顔。の……ほくろ。

 「~~~~っ!!」

 待って無理。
 なんかコンディション良くない!? ほくろの!!

 私は美しいその芸術(ほくろ)に吸い寄せられるように、ふらふらと社長へと近づいた。

 「……何だ」
 不機嫌そうに繰り出される低い声。

 「資料をお持ちしました!!」
 資料を渡して思わずじっと見つめていると、社長の眉間に皺が寄り、低く温度の無い声で言った。

 「俺は女性に興味がない」
 「……はい?」
 「君も、仕事以外で近づくな」

 ぁ、これ勘違いしてる。
 たぶん今まで顔目当ての人が大量にいたんだろうな。
 そう心の中で憐れんでから、私は口を開いた。

 「はい、大丈夫です!!」
 「は?」
 「私も社長に興味ないので!!」
 ぴたり、と社長の動きが止まった。

 「私が好きなのは、社長の口元のほくろなんで!! 本体に興味はゼロです!!」
 むしろ私にとってはほくろが本体だしね。

 って…………あれ?
 意識をお顔全体に移せば、社長がものすごい顔でこっちを見ている。

 なんで?
 あ。もしかしてほくろのことよくわかってない?

 「右口角にある小さいやつです!! めちゃくちゃ綺麗で!!」
 「…………」
 「しかもあの位置だとがっつり表情筋と連動しますよね? それが本当に素敵で!!」
 「待て」
 社長がこめかみを抑えて俯いてしまった。

 あ、語りすぎた?
 でも仕方ない。
 推し(オタク)を前にするとオタクは早口になるんだよ。

 「以上!! 失礼しました!!」
 「お、おい!?」
 私はペコっとお辞儀をすると、すぐに社長室を出ていった。

 ***

 幸せな気持ちのままデスクに戻りリズムよくキーボードをたたく。
 ニマニマしながら仕事をしていると、「──雪」と背後から声が降りかかった。

 振り返ると、何とも言えない表情の修二が立っているではないか。

 「お前、何した」
 「え?」
 開口一番に飛び出した言葉に、私は首を傾げた。

 「社長室から“理解不能な生物見たような顔”の社長出てきたぞ。お前、さっき社長室行ったんだってな? なにかやらかしたんじゃ……」
「ぁ」