そのほくろに恋をした


 世の中には二種類の人間がいる。
 顔が好きな人間と、ほくろが好きな人間だ。
 ちなみに私──雛形雪は後者である。

 しかもかなり重症で、特に「口元のほくろ」に対しては、もはや愛とか萌えとかそういう次元ではなく、信仰に近いと自負している。

 位置。
 大きさ。
 色。
 口角との距離感。
 それらの奇跡的な調和によって、ほくろは芸術になる。

 だから今日も私は、出社してすぐの会社の給湯室で先輩たちの恋バナを聞き流していた。

 「新社長めっちゃイケメンらしいよ〜」
 「え、独身!?」
 「早く見たーい!!」

 それを聞きながら、私は朝から紙コップのカフェオレをすすった。

 イケメンには興味ない。
 大事なのは口元である。
 そこに“ある”か“ない”か。それだけだ。

 「雪ー!!」
 幼馴染である営業部の沖田修二が私の名を呼びながらひょっこりと顔を出す。

 「朝礼始まるぞ」
 「はーい」

 修二は生まれた時からの幼馴染で、生まれたのは数か月違い、しかも家はお隣さんだ。
 昔から世話焼きで、なぜか私を保護対象みたいに扱うから、こういう何かある時は必ず呼びに来る。

 私はもう二十三歳で立派な社会人なのに、いつまで世話を焼くつもりなんだろうか。
 去年だって一人で映画館に行けたってのに。失礼な話だ。

 「……声に出てるぞ。ってか、そのドヤ顔で言うことか?」
 「え?」
 「何でもない。ほれ、早く来い」

 ***

 「写真見たけど、芸能人レベルだった」
 「ビジュ良い社長最高じゃん」

 みんな顔ばっかり見てる。
 わかってないなぁ、みんな。
 大事なのは口元だって何度言えば──。

 その時、大会議室の扉が開いた。
 途端に空気が変わって、背の高い男が静かに部屋に入って来た。

 皺ひとつない黒いスーツ。
 鋭い切れ長の目。

 ああ、なるほど。確かに顔はいい。
 でもそんなことはどうでもいい。

 問題は……。そう、問題は口元だ。

 私は反射的に視線を下げた。
 そして、見つけてしまった……。

 「………………え」

 右口角の少し上。
 小さくて、控えめで、けれど異常な存在感を放つ、その黒き一点……!!

 完璧に、理想そのもの。
 ”ソレ”から目を離すことなく、私は思わず息を呑んだ。

 なにあれ。え、待って……。
 形、綺麗すぎない?

 綺麗な丸。
 主張しすぎない大きさ。
 けれどちゃんと視線を引くソレ。
 しかも口角の動きに絶対連動する位置で、それにより色気が増し増しになる。

 神か……。
 これはもう神の仕事だ……!!

 「本日より、亡き社長に代わり新しく社長に就任した、水川蓮です」

 低い声が大会議室に響く。

 だけど私が気になるのは、あの口元だけ。
 ていうか、あのほくろ、笑ったらどう動くんだろう。
 いや待って。怒った時は? 喋る時は?
 うっはぁ……可能性が無限大すぎる……!!

 「馴れ合うつもりはない。各々結果を出してくれ」
 どんな流れかは知らないけれどそんな言葉が聞こえて来て、周囲の女性社員がざわついた。

 え、なにあれ。芸術品? 本当に生きた人間なの?

 社長(の口元)から目を逸らすことなくそんなことを考えていると、隣から肘でつつかれた。

 「おい。顔、やばいぞ」
 「え?」
 「獲物狙う肉食獣みたいになってる」

 失礼な。
 私はただ感動しているだけだ。
 そのほくろに。芸術に。

 その時だった。
 「っ!!」
 壇上の新社長と、目が合った。

 ひやり、とするほど冷たい目。

 うわ、怖。
 え、私何かした?
 ほくろ見すぎた?

 まぁいい。
 嫌われたとしても遠くから鑑賞するという手だってある。

 近づく必要なんてない。
 だって私は出会ってしまったんだから。

 私の、理想の芸術(ほくろ)に────っ!!