若手野球と年下の君年下と彼

「あっ、スーパーにスマホ忘れた! 取りに行くから、先に帰ってて」
「え?……わかった」
翔は愛斗の肩に手を置き、わざとらしく背中を向けた隙に、唇を寄せて小声で囁いた。
「母さんと二人きりにさせてやるから……頑張れよ」
それだけ言うと、翔は駆け足で走り去っていく。だがその後ろ姿を見て、愛斗は苦笑いを浮かべた。——スマホは、翔自身がしっかりとズボンのポケットに入ったままなのだ。花代はそれにまったく気づいていない。
「あいつ、俺に気を遣ってくれてるのはわかるけど、嘘が下手だな……」
愛斗は心の中で呟く。
「でも、せっかく二人きりになれたんだ。こんなチャンス、逃すわけにはいかない。ラッキーだ」
翔が自分たちの仲が進展するようにと、わざと機会を作ってくれたのだ。その優しい気持ち、しっかり受け取らせてもらうよ。
「……あんなに慌てて走って、転ばないかな」
花代が心配そうに翔の消えた道を見つめながら言う。
「たしかに、慌てすぎですよね
愛斗は笑いながら応じ、意を決して話題を変えた。
「そうだ……花代さんは、どんな人がタイプですか?」
「え?」
——しまった。何を聞いてるんだ俺は。いきなりすぎるだろ……。
愛斗は自分の迂闊さに後悔したが、一度口にした言葉は引っ込められない。そのまま続けた。
「あの……どんな男性が好みなのかな、と思って」
花代は少し驚いたように目を丸くし、それからはにかむように笑った。
「私、もう年だからね。こんなおばちゃんに好かれるなんて、ありえないわよ」
「そんなことないです。花代さんはいつも綺麗で、魅力的です」
「……ありがとう。嬉しいこと言ってくれるのね」
花代の頬がほんのり染まるのを見て、愛斗の胸は高鳴った。もう、隠す必要なんてない。翔が作ってくれたこの時間で、すべて伝えよう。
「俺は……俺、花代さんが好きです」
思い切って真っ直ぐな想いを告げる。花代は一瞬驚いた表情になったが、すぐに柔らかな瞳で愛斗を見つめ返した。
「ありがとう……。私はおばちゃんだし、あなたとはずいぶん年も離れてる。……それでも、私なんかでいいの?」
「かまいません! 年なんて関係ない。俺は、花代さんが好きなんです」
花代は目に涙を浮かべ、幸せそうに微笑んだ。
「……ありがとう。私も……私も愛斗くんのこと、好きだったの」
まさか自分から告白してくれるとは。愛斗は喜びで心がいっぱいになり、思わず笑みがこぼれた。
二人は寄り添うようにして家へと帰り着いた。
それからしばらく経ち、息を切らせた翔が戻ってくる。愛斗はすぐに翔のもとへ行き、はっきりと告げた。
「俺たち、付き合うことになったよ」
翔は一瞬きょとんとした後、すぐに満面の笑みになって愛斗の肩を叩いた。
「おめでとう! 俺のおかげだな!」
「ありがとう。お前がチャンスを作ってくれたおかげだよ」
「二人とも、おめでとう」
満面の笑みでそう声をかける翔に、愛斗は心からの笑顔で応えた。
「ありがとう」
愛斗は、さっき二人きりになるチャンスを作ってくれたこと、背中を押して応援してくれたことを、花代にすべて伝えた。
「……そうだったの。翔が計らってくれていたのね」
花代は瞳に涙をいっぱい浮かべ、嬉しさから声を震わせた。そして翔のもとへ歩み寄ると、わが子のように優しく頭を撫でた。
「ありがとう、翔。おかげで私、本当に幸せだわ」
「うん。二人が幸せなら、それが一番だよ」
少し照れくさそうに笑う翔の姿に、愛斗も花代も自然と笑みがこぼれた。
それから三人はリビングでゆっくりと話をし、やがて花代が作った夜ご飯の時間になった。
食卓に並んだのは、愛斗と翔の大好物である唐揚げに、具だくさんの味噌汁、そして炊き立ての白いご飯。カラッと揚がった唐揚げのいい匂いが部屋いっぱいに広がる。
「いただきます」
三人で声を揃え、箸を取る。愛斗はサクッとした食感とジューシーな肉汁に思わず顔がほころび、花代の作る味が今日はいつもよりさらに美味しく感じられた。  
「花代さん、この唐揚げ、本当に絶品だよ」
「ふふ、ありがとう。たくさん食べてね」
楽しげな話に花を咲かせながら、三人は温かいご飯を、時間をかけて味わった。