トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-

「……まぁその前に」

森崎さんが急に力を抜いた声を出した。

「腹減った」

一気に空気が崩れる。

私は思わず吹き出した。

神波さんも笑う。

「急に現実戻しましたね」

「いや、朝からずっと働いてるんで普通に限界です」

「確かに」

斉賀さんまで小さく頷いていて、少し面白かった。

すると森崎さんが資料を閉じながら言う。

「せっかくなんで、今日ご飯行きません?」

「指導者チーム顔合わせも兼ねて」

その言葉に、神波さんが即答する。

「行きましょう」

「大阪来てからまだまともなご飯食べてなくて」

「え、神波さん昨日コンビニだったんですか?」

「そうなんですよ」

「終わってますね」

笑いが起きる。

すると森崎さんが私を見る。

「一ノ瀬さんは?」

「え、私ですか?」

「そらそうです」

「今日主役級に頑張ってたんやし」

「いやそんな……」

「来てくださいよ」

その言い方が自然すぎて、私は少し迷ったあと頷いた。

「……じゃあ、お邪魔します」

「決まり!」

森崎さんが嬉しそうに笑う。

そのまま流れるように店が決まり、気づけば全員で病院を出ることになった。

外へ出ると、空はもう暗くなり始めていた。

昼間の緊張感が嘘みたいに、夜風が少し気持ちいい。

森崎さんが先頭を歩く。

「森崎さん、どこ行くんですか?」

「ん?」

「美味い店」

雑すぎる返答。

「説明になってません」

「まぁついてきてくださいって」

そう言いながら笑う。

なんというか。

この人は空気を軽くするのが上手い。

現場でもそうだった。

重くなりすぎる前に、少しだけ緩める。

多分、意識してやってる。

そんなことを考えながら歩いていると。

「一ノ瀬さん」

隣から声。

斉賀さんだった。

「はい」

「今日、かなり動けてましたね」

突然の言葉に少し驚く。

「いや、まだ全然です」

反射的にそう返すと。

斉賀さんは静かに首を横へ振った。

「環境が変わった初日で、あれだけ周りを見られる人は少ないです」

「正直、もっと緊張してると思ってました」

その言葉に、少しだけ笑ってしまう。

「実はかなりしてました」

「そうは見えませんでした」

斉賀さんは淡々としている。

でも。

ちゃんと見てくれてる人なんだと思った。

すると前から神波さんが振り返る。

「でも本当にすごいですよね」

「一ノ瀬さん、若いのに落ち着きすごいし。
その年で指導者として呼ばれるだけはありますね」

「いつも冷や汗ダラダラですよ」

気づけば私は、自然と笑っていた。

大阪へ来たばかり。

知らない人ばかり。

なのに。

不思議と居場所が出来始めている気がした。

すると森崎さんが立ち止まる。

「着きましたー」

顔を上げる。

そこは、どこか落ち着いた雰囲気の居酒屋だった。

派手すぎず、でも綺麗で。

大人っぽい空気の店。

「ここ、救命メンバーよう来るんです」

「へぇ……」

中へ入ると、店員さんが森崎さんを見るなり笑った。

「あ、森崎さーん」

「こんばんはー」

完全に常連だ。

しかも。

「今日はまた美男美女連れてますねぇ」

その瞬間。

私を含め、全員少しだけ気まずくなる。

神波さんが吹き出した。

「確かにレベル高い集団ですね」

「やめてください」

森崎さんが笑いながら席へ向かう。

その空気に、私はまた少し笑ってしまった。

張り詰めていた一日が、少しずつ解けていく。

でも。

きっと明日から、また忙しくなる。

本物の現場。

本物のフライト。

命を預かる世界。

その始まりの前夜みたいな時間だった。