すると神波さんが椅子へ深く座りながら笑った。
「いやぁでも、今日ほんとに驚きました」
「指導側の中でも一番冷静だったなぁ」
「神波さん」
「いやほんとに」
神波さんは楽しそうに続ける。
「普通、初日の指導って空気作るのに必死なのに
一ノ瀬さん最初から現場出来上がってた」
私は苦笑するしかない。
すると真壁くんが勢いよく頷いた。
「分かります」
「途中から、“あ、この人いるから大丈夫だ”って思いました」
「え」
「いやほんとに」
朝比奈くんも真面目な顔で頷く。
「声が落ち着いてるんですよね」
「なんか、聞いた瞬間冷静になれる感じ」
そんなふうに言われると、余計恥ずかしくなる。
「そんな大したこと……」
思わずそう返すと。
「いや、大したことです」
静かな声。
斉賀さんだった。
全員の視線がそっちへ向く。
斉賀さんは腕を組みながら続ける。
「急変時、一番難しいのって技術じゃない」
「空気に飲まれないことです」
その言葉に、部屋が静まる。
「技術ある人はいくらでもいる」
「でも“周りを落ち着かせられる人”は少ない。
冷静さは現場で数をこなすことでしか身に付けられないからね。」
斉賀さんの視線が私へ向く。
「それが出来る人は、現場で本当に強い」
真っ直ぐな言葉だった。
私は少しだけ息を詰める。
褒められるのは、正直あまり慣れてない。
すると森崎さんが笑った。
「まぁだから俺、一ノ瀬さん欲しかったんですけどね」
「え?」
「技術はどうにでもなるんです。
でも、この人みたいに“現場安定させる人”ってマジで貴重なんですよ」
神波さんも頷く。
「ヘリって特に空気狭いから」
「一人焦ると全員崩れる」
「逆に一人落ち着いてると、全員助かる」
その言葉が、育成ナースたちへ静かに落ちていく。
みんな真剣な顔だった。
そして。
ふと視線を向けると。
橘さんは黙ったまま資料を見ていた。
特に表情は変わらない。
でも。
さっきまでみたいな刺々しい空気は、少しだけ薄れている気がした。
すると森崎さんが、ぱんっと手を叩く。
「はい、今日はこんな感じで」
「お疲れさまでしたー」
その瞬間。
張り詰めていた空気が一気に緩む。
「はぁぁ……」
「疲れた……」
「思った十倍しんどい……」
あちこちからそんな声が漏れる。
真壁くんなんて完全に机へ突っ伏していた。
神波さんが笑う。
「まだ初日やで?」
「嘘やん……」
「ここからもっとえぐなるで〜」
「やめてください……」
笑いが起きる。
その空気が少し心地よかった。
私は資料をまとめながら、小さく息を吐く。
疲れた。
でも。楽しかった。
本気で“命を扱う人たち”が集まる空気。
真剣な現場。
あの独特の緊張感。
やっぱり私は、この空気が好きなんだと思う。
すると。
「一ノ瀬さん」
ふいに声をかけられる。
振り返ると橘さんだった。
私は少し驚く。
橘さんは一瞬だけ言葉を迷うように視線を逸らしてから、小さく口を開いた。
「……今日、ありがとうございました」
「え?」
「挿管の時」
「指示、分かりやすかったです」
短い言葉。
それだけ。
でも。
それはきっと橘さんなりにかなり頑張ってくれた言葉だった。
私は自然と笑う。
「こちらこそ」
「橘さん、観察すごく早かった」
すると橘さんは少しだけ目を丸くした。
でも。
「……そうですか」
それだけ返して、小さく会釈をする。
そしてそのまま、静かに部屋を出ていった。
まだ距離はある。
多分、簡単には縮まらない。
でも。
私はなんとなく思った。
この人とは、ちゃんと向き合えば分かり合える気がする。
そんな予感がした初日の終わりだった。
「いやぁでも、今日ほんとに驚きました」
「指導側の中でも一番冷静だったなぁ」
「神波さん」
「いやほんとに」
神波さんは楽しそうに続ける。
「普通、初日の指導って空気作るのに必死なのに
一ノ瀬さん最初から現場出来上がってた」
私は苦笑するしかない。
すると真壁くんが勢いよく頷いた。
「分かります」
「途中から、“あ、この人いるから大丈夫だ”って思いました」
「え」
「いやほんとに」
朝比奈くんも真面目な顔で頷く。
「声が落ち着いてるんですよね」
「なんか、聞いた瞬間冷静になれる感じ」
そんなふうに言われると、余計恥ずかしくなる。
「そんな大したこと……」
思わずそう返すと。
「いや、大したことです」
静かな声。
斉賀さんだった。
全員の視線がそっちへ向く。
斉賀さんは腕を組みながら続ける。
「急変時、一番難しいのって技術じゃない」
「空気に飲まれないことです」
その言葉に、部屋が静まる。
「技術ある人はいくらでもいる」
「でも“周りを落ち着かせられる人”は少ない。
冷静さは現場で数をこなすことでしか身に付けられないからね。」
斉賀さんの視線が私へ向く。
「それが出来る人は、現場で本当に強い」
真っ直ぐな言葉だった。
私は少しだけ息を詰める。
褒められるのは、正直あまり慣れてない。
すると森崎さんが笑った。
「まぁだから俺、一ノ瀬さん欲しかったんですけどね」
「え?」
「技術はどうにでもなるんです。
でも、この人みたいに“現場安定させる人”ってマジで貴重なんですよ」
神波さんも頷く。
「ヘリって特に空気狭いから」
「一人焦ると全員崩れる」
「逆に一人落ち着いてると、全員助かる」
その言葉が、育成ナースたちへ静かに落ちていく。
みんな真剣な顔だった。
そして。
ふと視線を向けると。
橘さんは黙ったまま資料を見ていた。
特に表情は変わらない。
でも。
さっきまでみたいな刺々しい空気は、少しだけ薄れている気がした。
すると森崎さんが、ぱんっと手を叩く。
「はい、今日はこんな感じで」
「お疲れさまでしたー」
その瞬間。
張り詰めていた空気が一気に緩む。
「はぁぁ……」
「疲れた……」
「思った十倍しんどい……」
あちこちからそんな声が漏れる。
真壁くんなんて完全に机へ突っ伏していた。
神波さんが笑う。
「まだ初日やで?」
「嘘やん……」
「ここからもっとえぐなるで〜」
「やめてください……」
笑いが起きる。
その空気が少し心地よかった。
私は資料をまとめながら、小さく息を吐く。
疲れた。
でも。楽しかった。
本気で“命を扱う人たち”が集まる空気。
真剣な現場。
あの独特の緊張感。
やっぱり私は、この空気が好きなんだと思う。
すると。
「一ノ瀬さん」
ふいに声をかけられる。
振り返ると橘さんだった。
私は少し驚く。
橘さんは一瞬だけ言葉を迷うように視線を逸らしてから、小さく口を開いた。
「……今日、ありがとうございました」
「え?」
「挿管の時」
「指示、分かりやすかったです」
短い言葉。
それだけ。
でも。
それはきっと橘さんなりにかなり頑張ってくれた言葉だった。
私は自然と笑う。
「こちらこそ」
「橘さん、観察すごく早かった」
すると橘さんは少しだけ目を丸くした。
でも。
「……そうですか」
それだけ返して、小さく会釈をする。
そしてそのまま、静かに部屋を出ていった。
まだ距離はある。
多分、簡単には縮まらない。
でも。
私はなんとなく思った。
この人とは、ちゃんと向き合えば分かり合える気がする。
そんな予感がした初日の終わりだった。

