トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

紗凪side

「じゃ、最初の症例は全員がICU勤務中に急変起こった流れでいきましょかー」

「指導者側からは一ノ瀬さん1人入ったってー」

「はい」

指示が飛ぶたび、空気がさらに引き締まっていく。

育成メンバーたちの顔には緊張。

でも同時に、“現場慣れ”した人特有の集中力もあった。

やっぱり、みんな経験者だ。

モニターを見る視線。

物品確認。

役割確認。

どれも自然に出来ている。

斉賀さんが少し感心したように呟く。

「……動き出しが早いですね」

神波さんも頷いた。

「基礎出来てる人多いなぁ」

すると。

『コードブルー、コードブルー』

突然、シミュレーションルームへアナウンスが流れる。

空気が変わる。

一瞬で全員の目つきが変わった。

「対応!」

最初に動いたのは宮原さん。

その後を全員が追う。

シミュレーション室へ入る。

ベッド上には50代男性。

モニターには頻脈。SpO₂低下。呼吸数増加。

冷汗。血圧も不安定。

患者役人形のリアルさが段違いだった。

「っ……苦しい……!」

「胸が……痛い……!」

荒い呼吸。明らかに様子がおかしい。

「酸素増量します!」

「ルート確認!」

「12誘導準備!」

みんな一斉に動く。

速い。本当に速い。

でも。

「……ん?」

橘さんが小さく眉を寄せた。

モニターを見る。SpO₂は低い。でも肺音が微妙。

左右差があるような、ないような。

血圧も落ち始めている。

患者役人形がさらに苦しそうに呻く。

「息……できない……っ」

その瞬間。

「……心筋梗塞?」

「いや、呼吸メイン?」

「肺塞栓……?」

判断が割れ始める。

みんな経験があるからこそ、色んな疾患が頭に浮かんでいる。

絞り切れない。

しかも患者役がリアルすぎて、空気が少しずつ焦り始めていた。

「SpO₂78!」

「血圧80台!」

「え、これ——」

一瞬。空気が止まりかける。

その時だった。

私は患者の頸部を見る。

冷汗。頻呼吸。急激なSpO₂低下。

そして。

「……気管偏位」

小さく呟く。

私はすぐ胸郭を見る。

右胸の動きが明らかに浅い。

肺音。右が弱い。

その瞬間頭の中で全部繋がった。

「緊張性気胸疑います」

その声で、空気が変わる。

全員の視線が一気にこちらへ向く。

私は落ち着いたまま続けた。

「右胸の換気かなり悪い」

「血圧も落ちてる」

「まず脱気優先」

その瞬間。

みんなの動きが切り替わった。

「橘さん、胸郭確認一緒にお願いします」

「……はい!」

「宮原さん、脱気セット準備」

「真壁くん、エコー出せる?」

「出します!」

「朝比奈くん、血圧トレンド追って」

一気に役割を振る。

迷いなく。

焦らせないトーンで。

でも確実に。

その瞬間。

バラつきかけていた空気が、一気にまとまった。

「エコーきます!」

「脱気セット準備できました!」

「血圧さらに低下!」

患者役人形が苦しそうに喘ぐ。

でもさっきまでの“どうしたらいい”という空気はもうなかった。

私は患者の肩へ触れながら言う。

「大丈夫、原因見えてるから」

落ち着いた声。

その一言で、空気がさらに安定する。

森崎さんが後ろで小さく笑った。

「……これやねんな」

神波さんも感心したように呟く。

「アセスメント速い……」

斉賀さんは腕を組みながら静かに見ていた。

「そして周りも見えてる」

私はエコー所見を確認する。

lung sliding消失。

やっぱり。

「右緊張性気胸でいきます」

「橘さん、マーキングお願いします」

「はい!」

橘さんが即座に動く。

さっきまでより、明らかに迷いがない。

私は周囲を確認しながら続ける。

「みんな焦らなくて大丈夫」

「原因取れたら戻せる」

その言葉が、不思議なくらい空気を落ち着かせる。

脱気。

換気改善。

徐々にSpO₂が戻り始める。

「SpO₂90!」

「血圧上がってきました!」

その瞬間。

部屋の空気が一気に緩んだ。

私は最後までモニターを確認してから、小さく息を吐く。

すると後ろで森崎さんが笑った。

「……はい終了ー」

その声と同時に、全員が一気に息を吐き出す。

「はぁぁ……」

「めちゃくちゃリアル……」

育成メンバーたちがぐったりしている。




でも。

その中で。

橘さんだけは、まだ私を見ていた。

静かに。

でも明らかに、最初とは違う目で。

“若いから”でも。

“運が良かったから”でもない。

さっきの数分で。

一ノ瀬紗凪が、なぜ指導者側にいるのか。

その理由を、嫌でも理解し始めていた。