トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

森崎隼斗side

オペ開始から、5時間。

時計の秒針の音が、やけに耳についた。

救命センターの廊下。

手術室前の待機スペース。

こんなに人がおるのに、異様なくらい静かだった。

誰も大きな声を出さへん。

でも。

誰一人、帰ろうともせぇへんかった。

ICUスタッフ。

ERナース。

フライトチーム。

みんな仕事の合間にここへ来ては、手術室の赤いランプを見上げる。

まだ消えへん。

俺は壁へ背中を預けたまま、じっとそのランプを見ていた。

ポケットの中で握った拳は、もう感覚がなかった。

長い。

長すぎる。

5時間。

ここまで長引いてる時点で、簡単な状態ちゃうことくらい分かる。

「……っ」

息を吐く。

でも全然、息が抜けへん。

頭ん中に浮かぶんは、今日の朝の紗凪ちゃんやった。

『今日も暑いですね』

ヘリ前で笑ってた。

いつも通り。

ほんま、いつも通り。

“また後で”みたいな顔して。

それが数時間後には、血まみれで運ばれてくるとか。

そんなもん、想像できるか。

俺は目を閉じた。

脳裏に、あの瞬間が何回も蘇る。

『ドクターヘリクルー受傷』

西国先生の声。

あの時点で嫌な予感はした。

まさか紗凪ちゃんやとは思わんかった。

思いたくなかった。

『一ノ瀬紗凪ナースです』

あの瞬間。

ほんまに心臓止まるかと思った。

息が出来へんかった。

頭真っ白になった。

それでも周り動いてるから、自分も動かなあかんくて。

ER空けて。

輸血準備して。

ICU回して。

指示飛ばして。

でも正直、何喋ってたかあんま覚えてへん。

ただ。

“助けなあかん”だけやった。

俺は深く息を吐く。

けど、胸の重さは全然消えへん。

情けなかった。

今、自分に出来ることなんか何もない。

祈ることしか出来へん。

それが悔しくてしゃあなかった。

「……なんでやねん」

小さく漏れる。

紗凪ちゃんを大阪へ呼んだんは、俺や。

紗凪ちゃんのフライト症例と実際の対応力を見た時は天才やと思った。

だから今回のプロジェクトの話を聞いた時、真っ先に指導者候補に挙げた。

東京にまで出向いて

“来てほしい”“力貸してほしい”って頼んだ。

あの時、紗凪ちゃんが迷ってたんは知ってる。

東京離れること。

大事な人と離れること。

全部悩んだ上で、それでも来てくれた。

やのにその結果がこれか。

俺は強く目を閉じた。

どうにか。

どうにか助かってくれ。

頼むから。

お前が死ぬとか、無理や。

その時やった。

後ろで小さく椅子が軋む音。

振り返る。

橘さんやった。

ずっと同じ場所に座ったまま、一歩も動いてへん。

顔色は真っ白。

目も真っ赤。

でも泣いてへんかった。

泣くことすら許してへんみたいに、ただ前見てる。

その姿が逆に痛々しかった。

主任としては橘さんのフォローとケアは何より大事や。

俺は少し迷ってから、橘さんの前に立つ。

「……水飲んだ?」

橘さんがゆっくり顔を上げる。

焦点の合わへん目。

「……飲んでません」

掠れた声やった。

俺は自販機で水買って、そのまま渡す。

「倒れるで」

橘さんは数秒、水を見つめたあと、小さく呟いた。

「……私が」

その先は聞かんでも分かった。

“私が飛び出したから”

“私が勝手に判断したから”

頭ん中、そればっかなんやろ。

俺は静かに息を吐く。

「橘さん」

低い声。

橘さんが小さく肩を揺らした。

「今、一番悔しいん、一ノ瀬さんですよ」

その目が揺れる。

「自分庇った後輩が、今そんな顔してるん」

「絶対嫌やと思います」

橘さんが唇を噛む。

「……でも」

「分かってます」

俺は遮らず頷く。

「自分責めるな、なんて無理です」

「俺でも多分無理」

それは本音やった。

現場知ってる人間ほど、ミスの重さ知ってる。

一秒の判断。

一歩の動き。

それで、人は死ぬ。

せやから忘れられへん。

でも。

「それでも」

俺は手術室のランプを見る。

まだ消えへん。

「今は、あの人信じるしかないです」

掠れた声やった。

願いなんか。

祈りなんか。

もう、自分でも分からへんかった。