トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

-大阪-

森崎は、オペ室の扉が閉まる瞬間までその背中を見ていた。

血で汚れたフライトスーツ。

動かない左腕。

青白い顔。

脳裏に焼き付いて離れない。

「……っ」

奥歯を強く噛む。

でも。

今は感情に飲まれてる場合じゃなかった。

「森崎主任」

声を掛けられる。

振り返ると、高城先生だった。

その表情はいつも以上に険しい。

「会議室へ」

短い言葉。

森崎は小さく頷いた。

数分後。

救命センター奥の会議室。

そこには、異様な空気が流れていた。

院長。

看護部長。

ICU師長。

高城先生。

西国先生。

森崎。

そして——橘。

全員が席へ着いていた。

でも。

誰もすぐには口を開かなかった。

橘は、まだ血のついたグローブ跡が腕に残ったままだった。

顔色は真っ白。

視線も定まっていない。

手が、小刻みに震えていた。

会議室へ入ってから、一言も喋っていない。

静まり返る空気の中。

最初に口を開いたのは院長だった。

「……まず、一ノ瀬さんの状態は」

高城先生が静かに答える。

「現在、緊急オペ中です」

「胸部外傷、左上肢損傷、肋骨多発骨折、肺挫傷疑い」

「出血量もかなり多い」

その言葉に。

看護部長が息を呑む。

ICU師長も顔を伏せた。

空気が重い。

重すぎる。

すると院長が低い声で続けた。

「現場で何があったのか、正確に把握したい」

その視線が、西国先生へ向く。

西国先生は数秒黙ったあと、静かに口を開いた。

「工事現場での高所転落案件でした」

低い声。

でも、一つ一つ整理するように話し始める。

「現着時、患者の意識レベル低下」

「そのタイミングで橘ナースが患者へ接触しようとした」

橘の肩がびくっと揺れる。

「私は制止をかけた」

「だが、その直後、上部資材が崩落」

誰も喋らない。

会議室の空気が、さらに重くなる。

西国先生は続けた。

「一ノ瀬ナースは橘ナースを庇った」

「その結果、直撃を受けた」

その瞬間。

橘がぎゅっと拳を握った。

震えている。

爪が食い込むくらい強く。

「……私が」

掠れた声。

全員の視線が向く。

橘は俯いたまま、震える声で続けた。

「私が、勝手に判断して……」

「確認もせずに動いたから……」

声が崩れる。

「一ノ瀬さんが……っ」

そこで言葉が詰まる。

涙が落ちた。

でも。

誰も責めなかった。

責められない。

現場を知る人間ほど分かっている。

“助けたい”と思った瞬間、人は視野を失う。

そして。

それが、どれだけ危険かも。

森崎は、ずっと黙ったままだった。

でも。

その拳は、白くなるほど握られていた。

高城先生が静かに口を開く。

「……現場安全確認は、フライトの絶対原則です」

低い声。

厳しい声だった。

「患者へ触れる前に、自分たちが生きて帰る」

「それが出来なければ、救命は成立しない」

橘が小さく震える。

でも、高城先生は続けた。

「だが」

会議室の空気が少し変わる。

「今、一番優先すべきは一ノ瀬さんの救命だ」

その言葉に。

全員が現実へ引き戻される。

そうだ。

まだ終わっていない。

紗凪は、今もオペ室で戦っている。

生きるために。

すると。

会議室の扉がノックされた。

全員が振り返る。

スタッフが息を切らしながら入ってくる。

「……オペ室からです」

その瞬間。

空気が凍った。