トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

陽貴side

その日は、朝から異常に暑かった。

まだ午前中だっていうのに、アスファルトから熱気が立ち上っている。

CM撮影のスタジオも最悪だった。

大型照明の熱で、空気がずっと重い。

「はいOKでーす!」

監督の声が響く。

ようやく午前の撮影が終わった。

「暑っ……」

奏がシャツをぱたぱたさせながらソファへ倒れ込む。

「今日やばくないっすか?」

「分かる」

俺もペットボトルの水を一気に飲み干した。

今日はこのあと軽い打ち合わせだけ。

スタジオから優朔の家が近かったから、そのままメンバーで移動する流れになっていた。

優朔の家に着いて、リビングへ入る。

冷房の効いた空気に、全員一気に生き返った。

「うわ、天国」

奏がそのまま床へ転がる。

「行儀悪い」

「無理。今日ほんと死ぬ」

そんな他愛ない会話。

いつも通りだった。

テーブルには台本と資料。

テレビでは音楽番組が流れてる。

優朔がコーヒーを淹れながら、「新曲のサビどうする?」なんて話を始める。

俺はソファへ座りながらスマホを見た。

紗凪からの連絡は、まだ来てない。

今日はフライト担当だって言ってた。

“今日ちょっと暑そうだね”

朝送ったLINEは既読になっていたけど、返信はない。

まあ、忙しいんだろうな。

そう思ってスマホを伏せる。

その時だった。



——ピンポーン。




インターホンが鳴った。

「ん?」

優朔が顔を上げる。

「誰だ?」

「宅配じゃない?」

蒼依が適当に返す。

でも。

モニターを見た優朔が、少し眉を寄せた。

「あれ……?」

「どうした?」

「……梓ちゃん?」

その名前に、俺も顔を上げる。

梓ちゃん?

なんで?

優朔が玄関へ向かう。

ガチャ、と扉が開く音。

次の瞬間。

「優朔くん……っ」

聞こえてきた声に、空気が変わった。

その声、普通じゃなかった。

泣いてる。

しかも、かなり。

俺は反射的に立ち上がった。

優朔に支えられるようにしてリビングへ入ってきた梓ちゃんは、顔が真っ青だった。

呼吸も浅い。

目は真っ赤。

髪も少し乱れてる。

明らかに様子がおかしい。

「え、どうしたの!?」

奏が慌てて立ち上がる。

でも梓ちゃんはうまく喋れない。

「っ……は……」

呼吸が上がってる。

過呼吸寸前みたいになってた。

優朔がすぐソファへ座らせる。

「大丈夫だから、落ち着いて」

背中をゆっくりさする。

「水飲む?」

でも梓ちゃんは首を横に振った。

涙が止まらない。

その姿を見た瞬間。

胸の奥が、嫌な感じにざわついた。

何かあった。

しかも、かなり悪いこと。

「梓ちゃん?」

優朔が優しく声をかける。

すると梓ちゃんが、震える唇で言った。

「……紗凪が」

その名前が出た瞬間。

心臓が、どくんって嫌な音を立てた。

「……え?」

自分でも分かるくらい、声が掠れてた。

梓ちゃんは泣きながら続ける。

「フライトで……事故……っ」

そこから先が続かない。

優朔が「ゆっくりでいいから」と落ち着かせる。

奏も蒼依も完全に表情が消えてた。

でも。

俺だけ、何を言われてるのか分からなかった。

事故?

紗凪が?

いや、意味分かんない。

だってあいつ、現場で誰より冷静で。

誰よりちゃんとしてて。

そんな簡単に事故とか——。

「紗凪のお母さんから電話来て……っ」

梓ちゃんが涙を拭いながら、必死に言葉を繋げる。

「工事現場で、資材が落ちて……」

「紗凪が……巻き込まれて……」

頭が真っ白になる。

何も入ってこない。

でも。次の言葉だけは、嫌でも耳に残った。

「今……オペ中で……」

空気が止まる。

オペ。

その単語が、異様に重かった。

「……は?」

自分でもびっくりするくらい、小さい声だった。

梓ちゃんは泣きながら続ける。

「意識戻ってないって……」

その瞬間。

全身から一気に血の気が引いた。

何それ。

待って。

意味分かんない。

意識戻ってないって何。

紗凪が?

あの紗凪が?

この前まで普通に笑ってたのに。

電話して。

“ちゃんと繋がってるよ”って笑ってたのに。

「……嘘だろ」

声が震えた。

でも誰も否定しない。

その沈黙が、逆に現実だった。

耳鳴りがする。

呼吸がうまく出来ない。

心臓だけが嫌なくらい速い。

「陽貴さん……」

奏が心配そうに俺を見る。

でも、何も返せなかった。

頭の中では、紗凪の顔ばっか浮かんでた。

笑ってる顔。

眠そうに電話してくる声。

“好きだよ”って笑った顔。

それが全部、急に遠くなる。

嫌だ。

無理だ。

そんなの。

「……大阪行く」

気づいたら口から出てた。

優朔が顔を上げる。

「陽貴」

「行かないと」

頭が真っ白だ。

でも、行かなきゃってそれだけだった。

スマホを掴む。

震える手で、紗凪へ電話をかける。

コール音。

出ない。

もう一回。

出ない。

もう一回。

頼むから出て。

お願いだから。

でも、何度かけても繋がらない。

その無機質なコール音だけが、やけに現実だった。

「陽貴、一回落ち着け」

優朔が低い声で言う。

でも無理だった。

落ち着けるわけない。

だって。

紗凪が、今、一人で苦しんでるかもしれないのに。

俺、ここで何してるんだよ。

「っ……」

息が苦しい。

怖い。

めちゃくちゃ怖い。

こんなの初めてだった。

仕事でどれだけ忙しくても。

どれだけ離れてても。

どこかで、“紗凪は大丈夫”って思ってた。

でも今は違う。

初めて。

本気で失うかもしれないって思った。