トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

「オペ室準備完了!」

「外科医待機済みです!」

処置室へ声が飛ぶ。

その瞬間。

空気がさらに加速した。

「搬送します!」

ストレッチャーが一気に動き出す。

森崎が横につきながら、輸血ラインを確認する。

赤い血液が勢いよく落ちていく。

でも。

モニターの数値はまだ不安定だった。

SpO₂85。

血圧70台。

頻脈。

浅い呼吸。

紗凪の顔色は、どんどん白くなっていく。

「紗凪ちゃん、頑張るんやで」

森崎が声をかける。

返事はない。

まつ毛すら動かない。

その姿に、胸がざわつく。

こんなの、見たくなかった。

廊下を全速力で駆ける。

救命センターのスタッフたちが道を開ける。

その誰もが、表情を強張らせていた。

「一ノ瀬さん……」

「嘘やろ……」

小さな声が漏れる。

でも足は止まらない。

止められない。

オペ室前。

既に外科医たちが待機していた。

麻酔科医。

胸部外科。

消化器外科。

看護師。

全員フル体制。

高城医師が早口で状況を伝える。

「胸部外傷、緊張性気胸解除済み」

「FAST陽性」

「胸腔内出血疑い」

「血圧まだ不安定」

「了解、あとは引き継ぐ!」

外科医がそう言った。

それだけ切迫していた。

オペ室の扉が開く。

強いライト。

無機質な空気。

機械音。

紗凪の乗ったストレッチャーが中へ入っていく。

その瞬間。

橘の足が止まった。

オペ室の前。

呆然と立ち尽くす。

フライトスーツの袖には、まだ紗凪の血が付いていた。

手が震えている。

呼吸も浅い。

頭の中では、ずっと同じ光景が流れていた。

自分が飛び出した。

紗凪が庇った。

鉄骨が落ちた。

——私が、殺しかけた。

「橘さん」

後ろから森崎の声。

橘はゆっくり振り返る。

その目は完全に泣いていた。

でも。

森崎は怒らなかった。

責めもしなかった。

ただ静かに言う。

「一ノ瀬さん、絶対こんなん望んでへん」

橘の唇が震える。

「……でも」

「今、自分責めて潰れる方があの人悲しむ」

森崎の声は低かった。

でも。

その奥には、抑えきれない感情が滲んでいた。

森崎だって苦しい。

怖い。

今にも崩れそうなんだ。

それでも。

指導者として立っている。

「今は信じるしかない」

その声に。

橘が堪えていた涙を落とす。

オペ室のランプが点灯する。

手術開始。

重く閉まる扉。

その向こうへ。

一ノ瀬紗凪は消えていった。

残された廊下には。

異様なくらい重たい静寂だけが残っていた。