隣の席の悪魔

消灯時間。

女子部屋。

小さいライト。

布団の中で、
私たちは小さく笑い声をあげた。

修学旅行の夜って、
なんでこんなにテンションが上がるんだろ。

「ねぇ、
恋バナしよーよ!」

誰かの声に、
部屋が一気に盛り上がる。

恋バナは大好き。

話すみんなの表情が、
コロコロ変わってかわいいから!

でもーーー

「じゃあ、次!つむぎ!
好きな人いないの?」

……自分の話は、別。

「つむぎはいるでしょ、絶対!」

みんなが、
にやにやしながら顔を覗き込んでくる。

その時。

「……朝比奈 空とか?」

みんなの期待する顔に、
私は思わず吹き出した。

「なんで!!」

「いや、だってさ!
めっちゃ一緒いるじゃん!」

「席も隣だし!」

「毎日話してるし!」

「走ってるとこも、見ましたー!」

私は笑いながら、
布団へ潜り込む。

「空くんは同志なの!」

「同志?」

「そう!
私、背が低いから。
空くん、唯一、
あんまり見上げなくても話せる相手なの」

みんなが、
うんうんと大きく頷く。

「だから仲良くなりたくて、
私が勝手について回ってるだけ!」

何人かが、
ボフッと枕になだれ込んだ。

「なにそれ!」

「つむぎっぽいよね、なんか」

「朝比奈くん、保護者みたい」

私もつられて笑った。

でも。

頭の中には、
空くんの顔。

少し笑う顔。

呆れた顔。

ときどき赤くなる耳。

「……面白いの、
空くん」

ぽつり。

無意識に呟いた瞬間。

「……あー、
でもなんか、分かるかも」

誰かが言った。

私は顔を上げる。

「朝比奈くん、
最近雰囲気変わったよね」

「たしかに、
前はもっと
話しかけるなオーラすごかった!」

みんなが、
きゃっきゃと笑ってる。

「でも最近、
時々笑ってるよね」

その瞬間。

心臓が、
ドクンと跳ねた。

「朝比奈くんと同じ学校だった子、
結構優しいところもあるって言ってた!」

「えー、
意外!」

「しかも頭いいし」

「顔もいいし」

「足速いし」

「あれで優しいとかズルい!」

次々出てくる言葉。

私は小さく瞬きをする。

あ……そっか。

空くんって、
人気あるんだ。

なんか。

少し、
みんなより
仲良くなれた気でいた。

時々笑ってくれるし。

一緒に走ってくれる。

でも。

それって、
私だけじゃないのか。

空くんは。

別に。

私だけに、
笑うわけじゃない。

……当たり前だけど。



その夜。

私はなかなか眠れなかった。

周りでは、
みんな静かな寝息を立ててる。

私はそっと布団を抜け出して、
部屋のベランダへ出た。

夜風。

冷たい。

星。

綺麗。

私は手すりへ寄りかかりながら、
ぼんやり空を見上げる。

……空くんは。

私じゃない誰かに、
「走ろう」
って言われても。

走るのかな。

そんなこと考えてる自分が、
なんか嫌だった。

その時。

ガラッ。

隣のベランダから、
音がした。

「っ!?」

私は反射でしゃがみ込む。

やば。

先生!?

息を潜めながら、
そっと影から覗く。

そこにいたのは――

「……空くん?」

空くんは、
私の声にはっとして、
少しだけ目を丸くした。

「……何してんの」

「そ、それはこっちの台詞!」

私は慌てて立ち上がる。

夜。

星。

夜風に揺れるジャージ。

そこにいたのは、
空くんだった。



「眠れなかった」

空くんが、
ぽつりと言う。

「空くんも?」

「ん」

「私も」

私は小さく笑った。

そのまま。

私も空くんも、
夜空を見上げた。

静か。

でも。

落ち着く。

その時。

空くんが、
ぽつりと言った。

「修学旅行、
疲れる」

私は思わず笑った。

「空くんっぽい」

空くんは星を見たまま、
少し黙る。

そして。

小さく息を吐いた。

「……いつもの方が楽」

え。

心臓が

どくん、と脈を打つ。

その時。

空くんが、
少しだけこっちを見た。

そして。

ふっと、
小さく笑う。

「……走りたいよな」

その瞬間。

いつもの帰り道が、
胸の中へ戻ってきた。

夕焼け。

星空。

並んで走る足音。

そして。

胸の奥のざわざわが、
少しだけ静かになった。

私は小さく笑った。

「……うん、
走りたい」

夜風が吹く。

星が、
少しだけ滲んで見えた。