20年越しのごめんだけじゃ物足りない~幼なじみの執愛が溢れだす

 夕飯を食べて、私は赤月君にアパート近くのコンビニまで送ってもらうことになった。
 あのプラモの男性客は何度も同じことを繰り返しているらしい、という私の話を聞いた赤月君は、深刻そうな顔で、

「それ厄介だね」

 と低く呟く。

「直接的に被害があれば警察にってできるけど、仕事中に話しかけられた、公道で待ち伏せされた。ってだけだと警察に行くかっていうと難しいもんね」

 そう私はあきらめ顔で呟く。

「そうなんだよね。警察に相談するほどの実害はまだ出ていないし。何度も繰り返しているとはいえ、ほら、業務と声掛けの境界線がわかんないし……」

 だから注意がしにくい。
 これって接客業の欠点だと思う。
 仕事中であれば話しかけられても業務の一環、と扱われてしまう。
 個人的なことを聞かれても、悪意はないといわれたらそれまでだ。
 ほんとうに面倒だ。
 前のお店でも、他の従業員がストーカーまがいの行為を受けたって話はあったけど、まさか自分が被害に合うとは思わなかった。
 べつに私、特別可愛いわけじゃないのに。
 私は思わず、バッグにぶら下げている推しのみつきちゃんの缶バッチが入ったポーチを握る。
 アパート近くのコンビニに車が止まる。
 私は赤月君の方を向いて、頭を下げた。

「ありがとう、赤月君。すごく助かった」

「ヒスイちゃん、明日も仕事でしょ? 明日も迎えに行こうか?」

 その提案に私は黙り込んでしまう。
 迎えに来てもらえれば安心だ。でもそんなに頼っていいのかな、という思いもある。
 ――ねえ赤月君、なんで私にそこまでしてくれるの?
 そう言いたいけれど、喉で言葉がつっかえて口にはできない。
 一瞬悩んだ後、私は頷いて言った。

「うん……迷惑かけちゃうけど、お願いします」

 そして頭を下げる。
 すると赤月君は穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。

「迷惑じゃないよ。だってそれでヒスイちゃんが危ない目に合う方が嫌だし。あ、そうだ。そのお客さんなんだけど、何時位に来るの?」

「え? えーと……平日は夜に来るかな。今日は昼間に来たけど」

「明日も来るかな?」

「え、やだ」

 思わず首を横に振って言うと、赤月君はちょっと笑ったようだった。

「それはそうだよね」

 そう言いながら私の方に手が伸びて、私の腕に触れそうなところで止まってしまう。
 それに気がついて、私はその手と赤月君の手を交互に見た。もしかして私に触りたかったのかな。
 それとも……?
 不思議に思って赤月君の顔を見ると、彼は私の方に伸ばしかけた手を車のシートに置いて、こちらに身体を向ける。

「俺は大丈夫だから、明日も迎えに行くよ」

 反論を許さない。
 というような圧をちょっと感じ、おもわずたじろいでしまうけれど、断る理由もなく。
 私は頭を下げて、

「お願いします」

 と言った。


 翌日。
 出勤した時、私は上司に昨夜待ち伏せされたことを伝えた。
 と言っても私目当てで待ち伏せしていた、という確証はもちろんない。
 とりあえず、なにかあったらすぐ逃げることと無線で人を呼ぶように言われたけれど、お店としても強く出るのはなかなか難しいらしい。
 もどかしいけれど、しかたない、とも思う。
 その日も朝からレジは混んだ。
 多くがラッピング希望のお客さんで、たぶん皆サンタなんだと思う。
 すごいなサンタ。
 十一月なのにもうサンタって活動しているんだ。
 程よく忙しい時間を過ごして、上司のお陰でガチャガチャレジの配置はなく。例の男性客の姿も見かけなかった。
 そのことに心底ほっとしてしまう。
 諦めてくれないかな、ほんと。
 その日から出勤の日は赤月君が毎日迎えに来てくれた。
 それは本当にありがたかったし、気持ちも楽だった。
 
 十一月十五日土曜。
 その日もあの客は来ず、一日が終わった。
 迎えに来てくれた赤月君と一緒に帰る車の中。

「あの人最近来ないんだよね」

 と告げる。

「そうなんだ。それならいいけど。でも先週、待ち伏せされたこともあるししばらくは迎えに行くよ?」

「あ……うん」

 そう言われると返す言葉がない。
 このまま本当に諦めてくれないかな。
 一週間、本当に赤月君は迎えに来てくれたし、何回か売り場にも姿を見せてくれた。
 
「ねえなんでそこまでしてくれるの? ただの幼なじみ、だよね」

 申し訳なさから私はそう問いかける。
 すると、赤月君はあはは、と笑う。

「そうだね。幼なじみだよ。だから心配するし、だからここまでするんだよ」

 そういうものかな……?
 納得できるような、できないような。
 でも助かっているのは事実だしな。
 そう自分を納得させて、私は赤月君に向かって言った。

「ねえ何か私にできることってあるかな」

 さすがにこのままお世話になりっぱなしは気がひける。
 でも赤月君に私が何できるかなんてわからない。だから聞いたんだけど。
 赤月君は迷うように呻る。

「うーん、できることねえ」

 車が私のアパートの近くのコンビニに着く。
 車が止まり、赤月君は外を見つめて首を傾げた。

「そうだなぁ。俺はヒスイちゃんと一緒にいる時間がすごく嬉しいんだけど」

 って、こちらをみて微笑む。
 その笑顔が本当に幸せそうで、なんだか不思議に感じてしまう。
 
「そう……なの?」

「そうだよ。だって、ずっと、ヒスイちゃんに話しかけても逃げられちゃっていたからね」

「あ……」

 それは心当たりしかない。
 小二の時にプラモを壊してしまい、嫌いだって言われて。
 だから私、赤月君に嫌われたと思って避けてきた。
 でも今は?
 嫌っているとは思えない。

「ねえ、赤月君」

「何?」

「私の事、怒ってないの?」

「あ、もしかしてあの時の事? 小二の時の」

 ばっとこちらを見る赤月君。
 その顔は笑っているように見える。
 私はひとり緊張しながら、ゆっくりと頷く。

「うん……あの、私がプラモを落っことして……」

「壊れちゃったね。覚えてるよ。それで俺、ヒスイちゃんに『嫌いだ』って言ったの。すごく覚えてる」

 その言葉を聞いて、胸が痛くなってくる。
 痛いどころじゃない、苦しい。
 もう二十年も経つのに、私たちはまだ二十年前の出来事を消化できていない。
 赤月君は私の方に身体を向けて、静かに言った。

「俺、ヒスイちゃんのこと、嫌いだなんて思ってないのに。あんなこと言って。ずっと俺後悔していたんだよ」

「え、あ……そ、そうなの?」

 私はあの日の事を思い出す。
 すっごく泣いて、嫌いだ、って言って。あの様子からしたら私、本気で嫌われたと思ったから。

「本当に私の事嫌いになったのかと……」

「本当に嫌っていたらそもそも話しかけようともしないし、中高でグループとはいえ一緒に遊ぶなんてしないよ」

「あ……そうか」

 そこまで考えたことなかった。
 私の赤月君への想いは、あの小二の日で止まってしまっていたんだな。その事に気が付く。
 私は苦笑して俯く。

「馬鹿みたいだな、私。嫌われたと思ってずっと、赤月君の事避けてきたから」

「俺もずっと、嫌いって言ったの謝りたかったんだよ。そんなこと思ってもいないって」

 そんな言葉と共に、頭にそっと、手が触れる。
 顔を上げると、思った以上に近くに赤月君の顔があった。
 暗いのに、その表情がよく見えるほどに。
 ちょっとこれ、恥ずかしいんだけど?
 赤月君はまじめな顔になる。

「ごめんね、嫌いなんて言って」

「あ……わ、私もずっと言いたかったことあって……」

 そこで言葉を切り、私は大きく息を吸う。
 心臓が激しく脈打っている。
 車内を埋め尽くすんじゃないかってくらい、大きな音を立てて。
 震える唇で私は赤月君に言った。

「あの……その、ごめんなさい。プラモ壊して。あの日、ちゃんと謝ったのか思い出せなくって。それが気になっていたんだけどでも……嫌われたって思っていたから私……」

「謝ったよ、ヒスイちゃんは」

 はっきりと、自信を持った声で言った赤月君は私の顔をじっと見つめる。
 彼は小さく笑い、言葉を続けた。

「謝ったよ。落ちちゃったときにはっきりと。『ごめんなさい』って。なのに俺、感情に任せて『嫌いだ』って言って泣きだしちゃって。ヒスイちゃんも泣いて、親がきてうやむやになったんだよ」

 言われて私は記憶をたどる。だけどイマイチ思い出せない。
 だから私は自信なく答える。

「そう……だっけ?」

「そうだよ、ヒスイちゃん。それ、ずっと気にしていたのか」

 そう呟くように言って、彼は視線を下に向ける。なんだか悲しげに見えるけど、大丈夫かな。

「赤月君……?」

 彼を呼ぶと、顔を上げて切なげな目で私を見つめてくる。
 その顔にちょっとドキリ、としてしまう。
 何考えているんだ、私。もしかして赤月君にときめいている? そんなわけない……よね。
 赤月君は私の頭から手を下ろして言った。
 
「ヒスイちゃん、叶うなら二十年の空白を埋めたい」

「空白を埋めたい……?」

「うん。幼なじみとして、俺と付き合ってほしいんだ」

 そう彼は甘い笑みを浮かべる。
 幼なじみとして付き合ってほしいって……

「それって今やってることと一緒じゃないの?」

 そう言いながら私は首を傾げる。
 すると赤月君はたしかに、と笑う。

「だからこの先も俺に付き合って? ヒスイちゃん」

「赤月君……」

「昔みたいに聖那って呼んでほしいな」

 甘く響く声で言われて私は目が泳いでしまう。
 すごく今、私、ドキドキしている。
 この想い、なんだろう。
 私は赤月君の顔を見つめて、顔の体温が上がるのを感じながら彼の名前を呼ぶ。

「……聖那……君」

 出た声はなんだか自分の声にしてはちょっと高くて、甘いものに思えた。

「うん、ヒスイちゃんに名前呼ばれて嬉しいよ」

 そう笑う赤月君の笑顔が何だかすごく魅惑的に見えて、どんな顔をしたらいいのかわからなかった。