20年越しのごめんだけじゃ物足りない~幼なじみの執愛が溢れだす

 午後七時過ぎ。

「疲れたなぁ……」

 と呟き、ブラウスの上にコートを羽織って従業員入口を出た。
 店舗の出入り口の目の前には搬入口があって、地下へとぽっかり口を開けているのが見える。
 その向こう側に道路があるんだけど、私はそこに佇む男の影を見つけて私は背筋に寒気が走るのを感じた。
 遠目だったけど、あのシルエット……
 しつこく声をかけてきた男性客に見える。
 心臓がバクバクと音を立てて胸が苦しくなってくる。
 なにあれどういうこと?
 私は思わず扉の中に戻る。

「お疲れ様でーす」

 と、私の横を他のスタッフが通り過ぎ扉の向こうへと出ていく。
 私はドアについているガラス窓からそっと、外を見る。男が立っている場所は、街灯のそばで姿がよく見えた。
 スマホから顔を上げてこちらの方を見ているようだ。
 き……気持ち悪い。
 どうしよう、警備さんに追い払ってもらうにしても、駅で待ち伏せされたら嫌だしな……
 なんなのあれ、気色悪すぎる。
 だって四十代でしょ?
 三十歳が見えてきているとはいえ私はまだ二十代だ。
 なんで相手にされると思うの?
 私は震える手でコートのポケットからスマホをとりだす。

「どうかしましたか?」

 と、異変に気がついた警備員さんが声をかけてくれる。
 私は振り返って、扉の向こうに見える男を指差して、震える声で言った。

「あ、あの……お、お客さんに待ち伏せされているみたいで……」

「え? あぁ、あの黒いコートの人? なんか見たことあるような……」

 年配の警備員さんが呟くと、奥の詰所から別の警備員さんが出てきて外を見る。

「あれ、けっこう前にバイトの若い子を待ち伏せしていた人じゃないか?」

「あぁ、半年以上まえだっけ? そんな事あったなあ。大学生のバイトの子をしつこく誘っていたって」

「きもっ」

 そう思わず声に出すと、警備員さんも頷いてくれる。
 最初に声をかけてくれた警備員さんはコートを羽織りながら、私の方を見て言った。

「ちょっと注意してくるけど、えーと、迎えとか頼める人いる? いるなら来てもらった方がいいですよ」

「あ、は、はい。ありがとうございます」

 私はスマホを握りしめて頭を下げた。
 迎えか……
 扉の向こうに出ていった警備員さんの背中を窓越しに見つめ、私はぶるぶると震えてしまう。
 何かあってからじゃ遅いしな。
 そう思い私はスマホを見つめる。赤月君に連絡するしかないよね。
 私は警備員さんが男に声をかけているのを確認してから、スマホを開いてメッセージアプリを起動した。

『赤月君、急で申し訳ないんだけど迎え頼んでいいかな。例の人が待ち伏せしていて』

 震える指でなんとかメッセージを入力して送信ボタンを押すと、すぐに既読がつく。

『わかった。すぐに行くけど大丈夫?』

『大丈夫じゃないけど……今警備員さんが追い払ってくれてる』

 そうメッセージを送って、私は外の様子を確認した。
 警備員さんがこちらに戻ってくるのが見える。そして男の姿は見えなくなっているけど大丈夫かな。
 
『俺今近くにいるから、従業員の入り口の所に迎えに行くよ。場所教えて』

『ありがとう、赤月君』

 私が赤月君に入り口の場所を入力して伝えていると、警備員さんが扉から中に入ってきて言った。

「とりあえず見えなくなるまで見てましたけど……何かありそうだったらすぐ警察に連絡してください。迎えは来てもらえそうですか?」

「ありがとうございます。友だちが迎えに来てくれるので、しばらくここにいさせてください」

 言いながら私は頭を下げた。


 それから二十分くらいして、赤月君からメッセージが来る。

『着いたよ。こっち見てる人はいないかな』

 そのメッセージを確認して、私は出入り口の窓から外を見る。
 するとこちらをちらっと覗き込む、白いコートを着た赤月君の姿が見えた。
 その姿を見て、心底ほっとしてしまう。
 よかった……
 とりあえずあの男に家を突きとめられるのだけは避けられそう。
 私は警備の人立ちに礼を伝え、そそくさと外に出る。
 外に立つ赤月君は、スマホをコートのポケットにしまいながら微笑んだ。

「車、ここの駐車場に止めたから、上に行こうか」

「う、うん……あの」

 私は下を俯いた後、顔を上げて赤月君の顔を見る。
 知っている顔を見てすごく安心している自分がいる。
 いや、知っている顔、だからかな。
 それとも赤月君、だからなのか。
 その答えは私の中ではまだ形になっていない。
 私は笑顔で赤月君に向かって言った。

「ありがとう、すごく助かる」

「うん、俺どうせ自営だし、時間はあるから、頼ってもらって大丈夫だよ」

 そうなんだろうけれど、何でそこまでしてくれるんだろう。
 幼なじみだから?
 それとも、違う理由?
 子供じゃないからなにか赤月君にも思惑があるのかもしれない。
 でもそれに今、甘えるしかないんだよね、私。
 だって、あの客への嫌悪感の方が大きいから。

 お店の駐車場に行き、赤月君の車に乗る。
 緑色の、ワゴンタイプの軽自動車だった。
 これよく街で見かけるやつだ。残念ながら車の種類、私は詳しくないからよくわからないけど。

「赤月君、名字に赤が入ってるからてっきり赤い車に乗ってるのかと思った」

「あはは、それわかるけど赤は目立つじゃん」

「確かにそうね。私、ほら、名前がヒスイでしょ? 小物、悩むと緑か推しのカラーの紺色ばっかりになっちゃうんだよねー」

 これといって好きな色がないからなんだけど。
 なんか、緑を選んでしまう。

「あー、そういえば中高で使っていたカバンも深い緑色してなかったっけ」

 赤月君はそう言いながら、車のエンジンをかける。
 私は思わず目を見開いて赤月君の顔を見た。
 薄暗い車内だから顔はよく見えない。

「なんで覚えてるの、そんなこと」

「いや、だって、買い替えてもいつも緑だなーって思ったのを覚えているから」

「私は赤月君が使っていたカバンの色なんて覚えてないのに……」

 すごい記憶力だなぁ。感心してしまう。
 車を運転しながら、赤月君は言った。

「夕飯、どうする? せっかくだしどこかに食べ行こうか?」

「うーん……」

 さすがにそこまで考えていなかった。
 どうしようかな。
 考えている間に、車はぐるぐると下におりていき、駐車場の出口が迫ってくる。
 夕飯を断る理由はない。
 だから私は、そうね、と頷いた。