20年越しのごめんだけじゃ物足りない~幼なじみの執愛が溢れだす

 聖那がひとりで暮らすマンション。
 酔っている彼女はほんのりと頬をそめ、聖那に向かって晴れた顔で手を振る。

「じゃあね、赤月君。また」

「うん、またね、ヒスイちゃん」

 ヒスイが背を向けて歩き出す。
 彼女のアパートまで送りたいが、まだそれは早いだろう、と思いその提案はしなかった。
 ヒスイに粘着している、という客の事は気にかかるが、今日あとをつけて来ている者はいなかった。
 とりあえず大丈夫だろうけれど、聖那のなかでくすぶる想いはある。
 できれば手を伸ばして抱きしめたいのに。そこに至れるのはいったいいつだろう。
 ヒスイの背中を見つめ、聖那はポケットに手を突っ込み寂しげな声で呟く。

「毎日だって迎えに行くんだけどなぁ」

 けれど断られてしまった。
 再会してまだ一カ月ほど。彼女が悩むのは仕方ないと思う。
 聖那はヒスイの背中が完全に見えなくなってから、マンションの中へと入る。
 十階にある聖那の部屋からは、翠玉の町がよく見えた。
 広いリビングには、ヒスイに説明したとおりプラモは飾っていない。
 テレビと本棚が置かれた、薄暗い室内。
 部屋の隅に置かれたオレンジ色の照明だけが室内を照らしている。
 ソファーに腰かけて、聖那はテレビをつけて動画サイトを表示する。
 動画を選びながら、聖那はヒスイとの会話を思い出していた。
 お酒の勢いか、ヒスイは饒舌にいろんなことを喋っていた。
 付き合った相手が既婚者だったこと。
 彼自身、異動してきたばかりで指輪もなく、職場の雰囲気的にそういう話をしないため全然分からなかったこと。
 推しのアイドルの事を話しているときは、打って変わってとても楽しそうだった。

「七瀬みつきちゃんなんだけどね、清楚系の美人さんでアイドルだけど眼鏡をかけていてね」

 と、饒舌に話していた。
 聖那は動画を再生し、スマホを開く。
 流れるのは、ヒスイが大好きなアイドル「つばき坂二十六」の動画だ。
 つばき坂二十六は、十二月にカツラカメラであるアイドル祭りに出演予定だった。
 イベントディレクターとして、聖那はそのイベントに関わっている。
 イベント出演者の全員が、そろそろ発表になるはずだ。
 そう思いイベントの公式サイトを見ると、今日の夕方に参加アイドルとタイムテーブルが公表されていた。
 これをみたヒスイは喜ぶだろうか。
 彼女の笑顔を想像すると思わず笑みがこぼれてしまう。
 その時だった。
 聖那のスマホに画面にメッセージの通知がくる。
 それはヒスイからだった。
 すぐにタップして開くと、ヒスイの喜び溢れるメッセージが表示された。

『赤月君が言っていた通り、お店のイベントにつばき坂がくるの!』

 その言葉と共に、公式サイトのスクショと、喜びを表すスタンプが続く。
 余程嬉しいのだろう、スタンプは複数続いた。
 それを見て聖那の顔に笑みがこぼれる。
 目の前で喜ぶ様子が見られなかったのが残念だけれど。
 聖那はその画面を見つめて、ヒスイのアイコンをそっと撫でる。

「ヒスイちゃんが喜ぶ姿見るの、楽しみだなぁ」

 呟いて聖那はメッセージを入力した。

『よかったね。その日、仕事休めそうなの?』

 と送ると、涙目のスタンプが返ってくる。

『どうだろう。クリスマス前でしょ? なんかクリスマス前の週末は超忙しいらしいから……でも見たい。休めなくてもちょっとだけ抜けたい』

 そうメッセージが続く。
 ヒスイが働くエンタメコーナーはおもちゃやゲームの商品を扱っている。娯楽が多様化した今でも、クリスマスのプレゼントとして人気だ。
 故に週末、忙しいというのは確かだろう。しかもライブはクリスマス直前。去年もイベントの関係でその頃にカツラカメラに訪れているが、四階のエンタメコーナーは人の数が多かったように記憶している。
 常に人が並ぶレジ。
 フル稼働するレジ。
 それを考えると、ヒスイがクリスマス直前の週末に休むのは難しいかもしれない。
 そればかりは聖那の力ではどうにもならない。
 まだつばき坂の出演メンバーは確定していないが、相手方と交渉してヒスイの推しである七瀬みつきが出演できるよう話を通している。
 初めて会った時に彼女がつけていた缶バッチから、そのメンバーの名前を調べていたので彼女の口から確認するまでもなかった。

「せっかくヒスイちゃんの推しを呼べるのに。ヒスイちゃんがイベント見られるといいなぁ」
 
 しばらくメッセージのやりとりをして、聖那はスマホをテーブルに置く。
 そして背もたれに身体を預け、目を細めて動画を見つめた。
 聖那の頭の中に、寝室に飾ったプラモの姿がよぎる。
 ヒスイのために直し、カスタムした宝石のようなプラモ。
 聖那の中で最高の出来と言ってもいいそのプラモは誰の目にも触れさせていない。
 それはヒスイのためのものだから、誰かの目に触れさせてしまったら穢れてしまう。そう思い、ずっと、寝室に飾り聖那だけがそれを眺めていた。
 聖那は、ふうと、甘く熱い息を吐く。

「早くヒスイちゃんに見せたいな。俺の宝物」

 そのために少しずつ少しずつ網を張らなければ。
 少しでも間違えたらきっと、ヒスイはこの手からすり抜けてしまうから。