「10ねんごにまたあえるよ」
交換したメモが春の強風に奪われる。それは舞うような螺旋を描き、空に吸い込まれる。眩しい雲に溶けて行方を失う。
ユウタは高校入学の初日にその子を見た。古い記憶が蘇る。
あれは小学一年生になったばかりの頃。
玄関先に誰かいるよー。おともだちー?
母さんの声で外に出ると、そこには同じ年齢位の女の子がいた。
「何年生?」
「1年生」
「え、ボクもだよ。何組?」
「1組だよ」
「え?ボクも1組。でも見たこと無いよ、キミ誰?」
「あー、そっか小学校、別なんだね。わたし、今日親戚のうちに遊びに来たの」
「そうなんだ、なにしてんの?」
「アリさん」
屈んで見れば、地面を進む蟻の列。他愛もない遊びの時間はほどなく沈む夕陽で閉じていく。
「ユウター?」
母さんの声に気を取られていると、女の子は走ってどこかへ行ってしまった。
その面影が蘇る。なのに、名前が「まりん」じゃない。
ユウタは諦めきれず、登校2日目、大事にしまっていたあのメモを持って彼女に話しかけた。いや、正確には話しかけてもらった。幼馴染で親友の、カイに。
「へえー?ホントかなあ。そんなことあるう?別に回りくどいことしなくても、友だちになりたいんなら、歓迎だよ?」
「ほら、リイナちゃんもこう言ってるぜ、ユウタ」
「いきなり名前で馴れ馴れしいって。ごめんね新川さん」
「いや、別にいいって」
「ほらあ、な、ユウタ」
「う、うん、それでこれ見おぼえない?」
あの日女の子がその場に置いて行ったメモ。
「10ねんごにまたあえるよ?へえ、マジか~。予言みたいだね。ロマンあるわあ~。でもわたしリイナだし。マリンじゃないし」
そうメモの最後に名前が書いてある。「まりん」。
「こいつんち、てか俺もだけど、中央台の駅前なんだ。小一の頃、遊びに来てたことない?」
カイはこの話を知っているから、ずけずけと先回りする。昔から何度もした話しだ。カイはカイで「俺も似たような経験あるから分かるわ」と理解してくる様子だが、どこまで本当だろうか。
ただ。まりんに似ていることがいた、と言った瞬間から次の行動まで異様に速かったのがカイだ。
「ついにまりんが見つかったか。よし、待ってろ。このチャンスを逃すなよ」
カイの中にもまりん像が出来あがっているのだろう。彼は彼でそれを追う。
だけれども。
「ごめんね~。ほんっと、行ったこと無いわ」
「そっか……」
むしろユウタよりカイの方ががっくり肩を落とす。ユウタはようやくそこで踏ん切りをつけた。
「いやこっちこそ変なこと聞いてごめん、これからもよろしくね、新川さん」
「おう、ユウタ」
「呼び捨てかよ……」
ゲラゲラと3人で笑いあう。高校生活、2日目にして順調な予感がする。
リイナは校舎を出て一度振り返る。そして少し進んで足を止めた。
なぜかまだ気になる。その理由は名前が同じだから。
校門でその子が出てくるのを待った。
「よー」
リイナは校門で、中学からの友達に声を掛けた。
「お、リイナ。クラス、どう?」
「まあまあかな。そっちは?」
「まあまあだよ」
なにがまあまあなのか、お互いよくわかっていないが、しかしリイナは切り出した。
「なー。マック寄ってかね?」
「あー。いいけど、まのつくものはなんか嫌いなんだよね」
確かにそうだ。中学の時から言い続けていたから知っている。左利きの彼女は「ま」の字を書くのがとてつもなく下手なのだ。
「ま、じゃ、適当にどっかよって帰ろうぜ」
リイナはマリンと共に商店街にあるケーキ屋に入った。イートインコーナーがある。
「マリンさ、小一の頃とか中央台の駅前行ったことある?」
「え?ああ、行った、行った。駅前には小さい頃何度か行ったよ。親戚の家があってね。で、なして?」
「うん、そこでさ、同じ小一の男の子と遊んだ記憶ある?」
「そう言われると、あったような、なかったような。あ、あるかも!」
「ガチ?」
「うん。遊んだこと、ある。親戚んち、大人しかいなくて勝手に外出て、後で怒られたからね。覚えてるよ。ん?てことは~……。あんたのクラスに、このマリンちゃんを探している男子がいる。だよね?ね?」
「う、んなわけないじゃん」
なぜかリイナは小さなウソをついた。運命の出会いを目撃しているのかもしれない。自分のウソの鳥肌が立つ。つこうと思ってついたウソじゃない。防御本能のような、そうしないと自分が痛くなるから、それを防ぎたいウソ。
けどその感情を振り切った。だってマリンは友達だ。
「いや、やっぱ違わないか。運命の相手、かもしれないね」
「え?ホントにいるの!?」
「うん。マリンを探してた。6歳の時のマリンを」
さっき借りたままの、そのメモを見せる。
「え……と、10ねんごにまたあえるよ……?あ、あー」
多分自分の字じゃない。「ま」が書けなくて低学年の頃「マリン」で押し通していたのだから。けどマリンはウソをついた。
「まちがいないよ、これ私の書いたヤツ」
リイナはそれをウソと知らない。
「運命の相手かよ。そんなことあるか。ま、いいや。それでさ、向こうも男子二人いるから、明日か明後日、カラオケいかね?」
「いいねえ~」
翌日の陽が傾く商店街、4人が通っていく。低い雲が強く傾いた夕陽を受けて一面、茜色に染まっている。アンバーのほのかな光の中に浮かぶ、4人の影が長い。卒業までの三年間、きっと仲の良いまま過ごせそうな、そんな予感の4人組。物語の主人公のような、そんな気持ちの四人の歩く姿は、青春の無垢で無自覚な傍若無人に道をはばかっていく。
胸元に薄緑のリボン。別の女子高の制服を着た二人組が眉を顰め、しかし道路に広がる4人を避けて通る。
黒髪ロングの子とショートの子。
背中のほうで遠ざかっていく四人組の笑い声。ショートの子が、振り返ったままの姿勢で4人の後ろ姿を見ているロングの子に言った。
「やっぱ共学の学校に入ればよかったかな。いいよね、青春って感じで」
けれどロングの子は4人の後ろ姿を見つめたまま。
「どうしたの?マリン」
「え……。あ、ごめん、ぼーとしちゃって。昔、小一だったかな?中央台に行ったときに遊んだ子に似てた」
その時、4人組の声が聞こえた。
「あ、返してくれんだ。でも、もうこれ、いらないよね」
そこだけ妙にはっきり聞こえた。夕陽に浮かぶ4人のシルエット。
「マリン、本当にどうしたの?」
「いや、似てるなって……」
何をいらないと言ったのだろうか。そんな疑問を「似てる」の一言で上書きしてしまう。
「似てる?あ、昨日の話に出てきたカイくんだよね?聞いてこようか?」
「いいよ、やめて。あ……」
紙片が夕陽の中を泳ぐ、やがてそれがロングヘアーのマリンの足元に着地する。
いらないって、これ?
メモだろうか。拾おうとしたとき、ふいに大粒の雨が落ちてきた。
「マリン、そこ入ろう」
イートインコーナーのあるケーキ屋さんの大きな窓。雨が一層強くなる。
交換したメモが春の強風に奪われる。それは舞うような螺旋を描き、空に吸い込まれる。眩しい雲に溶けて行方を失う。
ユウタは高校入学の初日にその子を見た。古い記憶が蘇る。
あれは小学一年生になったばかりの頃。
玄関先に誰かいるよー。おともだちー?
母さんの声で外に出ると、そこには同じ年齢位の女の子がいた。
「何年生?」
「1年生」
「え、ボクもだよ。何組?」
「1組だよ」
「え?ボクも1組。でも見たこと無いよ、キミ誰?」
「あー、そっか小学校、別なんだね。わたし、今日親戚のうちに遊びに来たの」
「そうなんだ、なにしてんの?」
「アリさん」
屈んで見れば、地面を進む蟻の列。他愛もない遊びの時間はほどなく沈む夕陽で閉じていく。
「ユウター?」
母さんの声に気を取られていると、女の子は走ってどこかへ行ってしまった。
その面影が蘇る。なのに、名前が「まりん」じゃない。
ユウタは諦めきれず、登校2日目、大事にしまっていたあのメモを持って彼女に話しかけた。いや、正確には話しかけてもらった。幼馴染で親友の、カイに。
「へえー?ホントかなあ。そんなことあるう?別に回りくどいことしなくても、友だちになりたいんなら、歓迎だよ?」
「ほら、リイナちゃんもこう言ってるぜ、ユウタ」
「いきなり名前で馴れ馴れしいって。ごめんね新川さん」
「いや、別にいいって」
「ほらあ、な、ユウタ」
「う、うん、それでこれ見おぼえない?」
あの日女の子がその場に置いて行ったメモ。
「10ねんごにまたあえるよ?へえ、マジか~。予言みたいだね。ロマンあるわあ~。でもわたしリイナだし。マリンじゃないし」
そうメモの最後に名前が書いてある。「まりん」。
「こいつんち、てか俺もだけど、中央台の駅前なんだ。小一の頃、遊びに来てたことない?」
カイはこの話を知っているから、ずけずけと先回りする。昔から何度もした話しだ。カイはカイで「俺も似たような経験あるから分かるわ」と理解してくる様子だが、どこまで本当だろうか。
ただ。まりんに似ていることがいた、と言った瞬間から次の行動まで異様に速かったのがカイだ。
「ついにまりんが見つかったか。よし、待ってろ。このチャンスを逃すなよ」
カイの中にもまりん像が出来あがっているのだろう。彼は彼でそれを追う。
だけれども。
「ごめんね~。ほんっと、行ったこと無いわ」
「そっか……」
むしろユウタよりカイの方ががっくり肩を落とす。ユウタはようやくそこで踏ん切りをつけた。
「いやこっちこそ変なこと聞いてごめん、これからもよろしくね、新川さん」
「おう、ユウタ」
「呼び捨てかよ……」
ゲラゲラと3人で笑いあう。高校生活、2日目にして順調な予感がする。
リイナは校舎を出て一度振り返る。そして少し進んで足を止めた。
なぜかまだ気になる。その理由は名前が同じだから。
校門でその子が出てくるのを待った。
「よー」
リイナは校門で、中学からの友達に声を掛けた。
「お、リイナ。クラス、どう?」
「まあまあかな。そっちは?」
「まあまあだよ」
なにがまあまあなのか、お互いよくわかっていないが、しかしリイナは切り出した。
「なー。マック寄ってかね?」
「あー。いいけど、まのつくものはなんか嫌いなんだよね」
確かにそうだ。中学の時から言い続けていたから知っている。左利きの彼女は「ま」の字を書くのがとてつもなく下手なのだ。
「ま、じゃ、適当にどっかよって帰ろうぜ」
リイナはマリンと共に商店街にあるケーキ屋に入った。イートインコーナーがある。
「マリンさ、小一の頃とか中央台の駅前行ったことある?」
「え?ああ、行った、行った。駅前には小さい頃何度か行ったよ。親戚の家があってね。で、なして?」
「うん、そこでさ、同じ小一の男の子と遊んだ記憶ある?」
「そう言われると、あったような、なかったような。あ、あるかも!」
「ガチ?」
「うん。遊んだこと、ある。親戚んち、大人しかいなくて勝手に外出て、後で怒られたからね。覚えてるよ。ん?てことは~……。あんたのクラスに、このマリンちゃんを探している男子がいる。だよね?ね?」
「う、んなわけないじゃん」
なぜかリイナは小さなウソをついた。運命の出会いを目撃しているのかもしれない。自分のウソの鳥肌が立つ。つこうと思ってついたウソじゃない。防御本能のような、そうしないと自分が痛くなるから、それを防ぎたいウソ。
けどその感情を振り切った。だってマリンは友達だ。
「いや、やっぱ違わないか。運命の相手、かもしれないね」
「え?ホントにいるの!?」
「うん。マリンを探してた。6歳の時のマリンを」
さっき借りたままの、そのメモを見せる。
「え……と、10ねんごにまたあえるよ……?あ、あー」
多分自分の字じゃない。「ま」が書けなくて低学年の頃「マリン」で押し通していたのだから。けどマリンはウソをついた。
「まちがいないよ、これ私の書いたヤツ」
リイナはそれをウソと知らない。
「運命の相手かよ。そんなことあるか。ま、いいや。それでさ、向こうも男子二人いるから、明日か明後日、カラオケいかね?」
「いいねえ~」
翌日の陽が傾く商店街、4人が通っていく。低い雲が強く傾いた夕陽を受けて一面、茜色に染まっている。アンバーのほのかな光の中に浮かぶ、4人の影が長い。卒業までの三年間、きっと仲の良いまま過ごせそうな、そんな予感の4人組。物語の主人公のような、そんな気持ちの四人の歩く姿は、青春の無垢で無自覚な傍若無人に道をはばかっていく。
胸元に薄緑のリボン。別の女子高の制服を着た二人組が眉を顰め、しかし道路に広がる4人を避けて通る。
黒髪ロングの子とショートの子。
背中のほうで遠ざかっていく四人組の笑い声。ショートの子が、振り返ったままの姿勢で4人の後ろ姿を見ているロングの子に言った。
「やっぱ共学の学校に入ればよかったかな。いいよね、青春って感じで」
けれどロングの子は4人の後ろ姿を見つめたまま。
「どうしたの?マリン」
「え……。あ、ごめん、ぼーとしちゃって。昔、小一だったかな?中央台に行ったときに遊んだ子に似てた」
その時、4人組の声が聞こえた。
「あ、返してくれんだ。でも、もうこれ、いらないよね」
そこだけ妙にはっきり聞こえた。夕陽に浮かぶ4人のシルエット。
「マリン、本当にどうしたの?」
「いや、似てるなって……」
何をいらないと言ったのだろうか。そんな疑問を「似てる」の一言で上書きしてしまう。
「似てる?あ、昨日の話に出てきたカイくんだよね?聞いてこようか?」
「いいよ、やめて。あ……」
紙片が夕陽の中を泳ぐ、やがてそれがロングヘアーのマリンの足元に着地する。
いらないって、これ?
メモだろうか。拾おうとしたとき、ふいに大粒の雨が落ちてきた。
「マリン、そこ入ろう」
イートインコーナーのあるケーキ屋さんの大きな窓。雨が一層強くなる。
