癒えない火傷が作った二人だけのケアプラン

介護士として働く岸山由香が日勤のシフトを終え、更衣室を後にした時のことだった。
「由香さん、お疲れ様です!」
背後から元気な声が響き、同僚の末山愛斗が息を切らせて追いかけてきた。
「愛斗くん、お疲れ様。どうしたの?」
足を止めて振り返る由香に、愛斗は少しはにかみながら切り出した。
「由香さん、このあと予定ありますか? もしよかったら、飲みに行きませんか」
「えっ、私でいいの? 彼女さんに悪いわよ」
冗談めかして笑う由香に対し、愛斗は食い気味に否定した。
「いませんよ、そんな人! ずっとフリーです」
「あはは、そうなの? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「本当ですか! ありがとうございます」
愛斗は心の中で小さくガッツポーズをした。ずっと誘うタイミングを計っていたのだ。
二人は近くの居酒屋へ向かった。賑やかな店内の活気に押されるようにして席につき、メニューを広げる。
「何にします?」
「まずはビールかな」
そんなやり取りを経て注文を済ませると、すぐに運ばれてきたグラスを合わせた。
「お疲れ様です、乾杯!」
冷えた酒が喉を潤すと、自然と会話も弾んだ。仕事の悩みから他愛のない趣味の話まで、気づけば一時間半があっという間に過ぎていた
楽しい時間は短く感じるもので、二人は惜しみながらも店を出ることにした。会計を済ませて夜風に当たると、少し火照った頬が心地よい。
「由香さん、今日はごちそうさまでした。楽しかったです」
愛斗が丁寧に頭を下げると、由香は優しく微笑んだ。
「どういたしまして。私もリフレッシュできたわ。じゃあ、また明日ね」
駅で別れ、夜道を一人歩いて帰宅した愛斗だったが、家についても胸の高鳴りは収まらなかった。
自室のベッドに倒れ込み、天井を見つめる。頭の中に浮かぶのは、さっきまで目の前で笑っていた由香の顔ばかりだった。 
愛斗が抱く由香への淡い想いと、朝の澄んだ空気の中での再会を情緒豊かに描写しました。



カーテンの隙間から差し込む月明かりを見つめながら、愛斗はいつまでも眠りにつけずにいた。
まぶたを閉じれば、浮かんでくるのは由香の穏やかな微笑みばかりだ。今日、彼女と交わした何気ない言葉のひとつひとつを、宝物を磨くように何度も心の中で反芻する。彼女への想いが胸の奥をじんわりと熱くさせ、愛斗は心地よい高揚感に包まれながら、深い眠りへと落ちていった。
翌朝、まばゆい朝日が愛斗の目を覚まさせた。
仕事へ向かう準備を整え、いつものように車を走らせる。ハンドルの上で指を踊らせる愛斗の足取りは、心なしかいつもより軽い。
職場である老人ホームの駐車場に滑り込み、エンジンを切る。
ドアを開けて外へ踏み出すと、鼻をくすぐる朝の空気の中に、聞き覚えのある足音が混じった。ふと視線を上げると、そこには昨夜からずっと想い描いていた人――由香の姿があった。
「おはようございます、由香さん」
努めて平静を装いながらも、弾む心を隠しきれない声で愛斗が声をかける。由香はふり返り、朝露に濡れた花がほころぶような笑みを浮かべた。
「おはよう、愛斗くん」
その一言だけで、愛斗の今日という一日が、最高のものになることが確定した。
二人は駐車場を抜け、建物の入口へと歩き出す。他愛もない、けれど二人にとっては特別な会話を交わしながら。
並んで歩く二人の影が、朝日に照らされて長く伸びていく。
やがて二人は、自分たちを待つ入居者たちのいる老人ホームの扉を、一緒にくぐっていった。