「京都。放課後、暇ある?」
突然の誘いに、思わずドキッとした。
「う、うん。大丈夫だよ」
「今日の四時、この場所に来て欲しいんだけど、どうかな」
明斗くんの手から、ノートの切れ端が渡る。
そこには、近所の小学生が通うような公園の名前が記されていた。
「いいよ」
私は気軽に言葉を返した。明斗くんは笑って、「じゃあ、よろしく」と応える。
「またね」
「うん、また」
明斗くんに手を振ってから、帰路へ着いた。
それを見てから、明斗くんが私に背を向けたのが分かった。
「ただいま」
「おかえり〜」
良子さんに声を掛けると、ふふっと笑い声がした。
「どうしたの?」
「京都ちゃん、なんだか楽しそうね」
「楽しそう、……そうかな」
考える素振りをしつつ、頭の中には今朝のことが色濃く刻まれていた。
あれで、私も少しは変われたのかもしれないな……。
「……そうだ、今日、四時からちょっと出るね」
「了解、スマホ忘れないようにね」
「あっ、はあい」
良子さんの言葉を聞いて、カバンにスマホを入れてから部屋に入った。
「……ねえいづくん、そういえばさ、明斗くんがものを盗まれたのも四年生の頃らしいよ」
なんとなく、写真の中のいづくんに話しかけてみる。
当たり前だけど、いづくんは返事をしない。それでも、私は続けた。
「私が、両親の仕事を知ったのもその年だったっけ」
あのときは本当につらくて、苦しくて……。
「いづくんも、四年生の時、悲しそうだったよね」
いつも温かいいづくんが、唯一塞ぎ込んでいた時期。
何があったのかは知らなかったけど、私が気にかけているうちに、もとに戻っていった。
マイナスな気持ちを自力で跳ね除けられるところも、きっといづくんの強さなんだ。
やっぱり、そういうところにも、強烈に憧れる。
「―――……さーて、そろそろ着替えよーっと」
自分で自分の気持ちをコントロールするように、私は大きな声で言った。
楽しそうな声を出すと本当に楽しく感じるのだから、不思議だ。
「今日は、えっと……ワンピースでいいや」
クローゼットにかけてあるワンピースを目にとめて、それに手を伸ばす。
丈長めで、裾広め。長袖だし、丁度いいかもしれない。
袖を通してみる。最近良子さんに買ってもらったもので、サイズもぴったりだ。
「いってきまーす」
カバンに荷物を詰め込んでから、私はドアを押した。
いってらっしゃいという上機嫌な声を背に、公園まで歩く。
「……あ」
入口まで来たところで、明斗くんの姿を見つけた。
「遅くなってごめん……待ってくれてありがとう」
私がばっと頭を下げると、明斗くんは少し焦った声を出す。
「大丈夫、さっき来たばっかりだから」
その言葉は、きっと私に気を遣わせないために考えられたものだ。
明斗くんの厚意を無下にするのは気が引けて、追及しようとしたのをやめた。
「そっ……か。そういえば明斗くん、呼び方は決めてるの?」
「呼び方?誰の?」
「あの、明斗くんのものを盗んだ人の」
私の質問に、明斗くんは困ったような顔をした。
「決まってないんだ……決めておいたほうが楽だとは思うんだけどね」
ふぅん、と声を上げてから、私は人差し指を立てた。
「じゃあ、“X”ってどうかな。正体がわからないものって意味だし、ぴったりな気がする」
我ながら安直なネーミングだけど、分かりやすいような気がして、と続けた。
明斗くんは、私が言い終わってから言った。
「じゃあ、そうしよっか。シンプルで分かりやすいしね」
「……うん、ありがとう」
声が上手く出なかった。すごく嬉しくて、自分を認めてもらえたような気になった。
「そ、そういえば明斗くん。えっと、その……Xの正体って、予想がついてるの?」
なんてことないように、私は訊いた。
本当は、自分が明斗くんの言葉一つで喜んでいるのを、悟られたくなかっただけ。
「……一応、このあたりに住んでる、同い年の男子っていう可能性が高いんだよね」
明斗くん曰く、その年、この地域にしか配られなかった帽子をつけていたそうだ。
兄弟のものかもしれないけど、背丈といい雰囲気といい、明斗くんと近かったらしい。
「引っ越してさえいなければ、きっと近くにいるんだ」
絶対にやり遂げてみせるという、決意。昨日も見た顔だった。
明斗くんに、Xを許すつもりはない。
それなら私も、明斗くんの気が済むまで、明斗くんの復讐に協力するんだ。
明斗くんの気持ちに寄り添ってあげられるのは、今、私だけだ。
「……うん。近所の同年代の子で、男の子……私も、探してみる」
同年代の男子と聞いて、一番に浮かんだ顔を、咄嗟に打ち消した。
だって、彼が泥棒なんて、あり得ないから。



