「―――起立、これで一時間目の学活を終わります。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「着席」
あっという間に学活は終わり、次の準備に追われる人々がクラスの大半を占めた。
私も、普段からそのうちの一人ではあったものの、今はそれどころではなくて、後ろを勢いよく振り返った。つまらなそうに机を指でつついていた明斗くんは、私と目があってニコッとした。
「どうしたの、京都?」
「さっきの話の続き、教えてよ」
「……いいよ。じゃあ、ちょっと階段の方行こっか」
「分かった。ちょっとまってて、授業の準備するから」
そう言って、机の上に数学の教科書とノートを置くと、明斗くんは私の手を引っ張った。
「早く行こう、休憩が終わっちゃうよ」
「分かっ……」
た。そう続けようとしたところで、先生が入ってくる。私と明斗くんは、何事もなかったかのようにしながら、揃って椅子に座った。
「……京都、行こう」
「分かった」
数学が終わってすぐに、私と明斗くんは教室を抜け出した。チャイムが鳴ったばかりの廊下は騒がしくて、そこを通り過ぎたときの静けさがより際立った。
「復讐って、どういう意味なの?」
開口一番、私はそう訊いた。明斗くんは「そのままの意味だよ」と返してから、いつもの笑顔を消した。本気なんだということが、いやでも伝わってくる。
「……恨んでる相手がいるんだ」
恨んでる相手……―――それは、明るく朗らかな明斗くんと、かけ離れた響きに思えた。
私は、明斗くんをじっと見つめた。目を逸らすことが許されないと感じた。
明斗くんは、説明するように言った。
「小学校の、四年生くらいのときかな。キーホルダーが盗まれたんだ。期間限定でしか販売してない、結構高いやつ。家の前に落としてたみたいで、僕がそのキーホルダーを見つけたとき、誰かがそれを拾って逃げていくのが見えた」
目の前で、盗まれたってことだ。
私は、そのときの明斗くんの気持ちを想像して、苦しくなった。
「許さないと思った。それと同時に、珍しいものだから、近所の人に情報を訊いていけば見つけられるとも思った。僕はその相手に、苦しい目に合わせてやりたいって考えてたんだ」
この辺りから、明斗くんは私の目を見なくなった。
仕方がないと思っていたけど、少しずつ、明斗くんの目が見えるようになった。
「その二日後、キーホルダーが交番に届けられたって聞いた……返ってきたときは安心したけど、すぐに思い直した」
前髪から覗くその目は、決意を込めた目だった。
「―――僕は自分の手で、ちゃんと復讐したいんだって」
「…………い、いの……?だって、こんなこと、学校にばれたら―――」
否定も肯定もできなかった。私は、今までこういう考えに出会ったことがなくて、いい対応が思いつかなかった。
「別にいい。退学になっても、他の人にどんな目で見られても」
その怖いまでの決意に怖気づいて、一歩後ろに下がった。明斗くんは、それを見逃さないというように、一歩、距離を詰めてくる。
「か、考えさせて欲しい……」
そう伝えるので精一杯だった。
明斗くんは、私の怯えた表情を見て我に返ったというふうに、ごめんと謝った。私は、今、明斗くんにヒミツを握られているのを思い出し、その状況においても相手に謝れる誠実さに胸を打たれた。
私は、それに比べて不誠実すぎた。申し訳なさや後ろめたさに胸を支配され、教室に帰っても明斗くんに会うことになるとは知りつつも、咄嗟に逃げ出してしまった。
「……」
明斗くんは追ってこなかった。
この日は一日、明斗くんと話さなかった。



