「これ、計算間違ってる」
朔が書類を私の前に突き返してきた。
「……どこですか」
「全部」
「・・・全部」
「合計欄が全部ずれてる」
見ると確かに一行目の入力ミスが全体に波及していた。
「すみません」
「謝らなくていい。直して」
「……はい」
朔は感情が読みにくい。怒っているのか、ただ指摘しているだけなのか、いつも判断できない。
「白崎さんって、怒ってますか? 今」
「いや」
「じゃあ、呆れてますか」
「いや」
「じゃあ何ですか」
朔はちょっと考えて、答えた。
「普通」
「普通」
「これが私の通常モード」
「……怖いですね」
「よく言われる」
言われてる自覚があるんだ。
朔はまた本を開く。今日読んでいるのは分厚い哲学書だ。
「白崎さんは、なんでバンドをやってるんですか」
「想に引き込まれた」
「強引に?」
「まあ」
「私と同じですね」
「…………」
朔がちらっとこちらを見た。
「同じではないと思うけど」
「どこが違いますか」
「私は断らなかった」
「私も断れなかっただけで──」
「断れなかったのと、断らなかったのは違う」
また鋭いことを言う。
「白崎さんは、断らなかった理由は?」
「……」
朔は少し間を置いた。
「想の声が、好きだから」
それは予想外の答えだった。
「音楽的に、という意味で」
付け加えるように言う。
「あの声で歌われたら、断れなかった。それだけ」
「白崎さんも、断れなかったじゃないですか」
「……」
一瞬、朔が固まった。
「……揚げ足を取るね」
「すみません」
「謝らなくていいって言ったでしょ」
でも口元が、ほんの少しだけゆるんでいた。
笑ったのかもしれない。一瞬だったけど。
「鷹宮さん」
「はい」
「想の声、聴いたことある?」
「まだ練習中しか」
「ちゃんと聴いてみて。何かが変わるから」
「何かって」
「聴いたら分かる」
朔はまた本に目を落とした。
それ以上は教えてくれなかった。
(何かが変わる、か)
その言葉が夜になっても頭の中に残っていた。
朔が書類を私の前に突き返してきた。
「……どこですか」
「全部」
「・・・全部」
「合計欄が全部ずれてる」
見ると確かに一行目の入力ミスが全体に波及していた。
「すみません」
「謝らなくていい。直して」
「……はい」
朔は感情が読みにくい。怒っているのか、ただ指摘しているだけなのか、いつも判断できない。
「白崎さんって、怒ってますか? 今」
「いや」
「じゃあ、呆れてますか」
「いや」
「じゃあ何ですか」
朔はちょっと考えて、答えた。
「普通」
「普通」
「これが私の通常モード」
「……怖いですね」
「よく言われる」
言われてる自覚があるんだ。
朔はまた本を開く。今日読んでいるのは分厚い哲学書だ。
「白崎さんは、なんでバンドをやってるんですか」
「想に引き込まれた」
「強引に?」
「まあ」
「私と同じですね」
「…………」
朔がちらっとこちらを見た。
「同じではないと思うけど」
「どこが違いますか」
「私は断らなかった」
「私も断れなかっただけで──」
「断れなかったのと、断らなかったのは違う」
また鋭いことを言う。
「白崎さんは、断らなかった理由は?」
「……」
朔は少し間を置いた。
「想の声が、好きだから」
それは予想外の答えだった。
「音楽的に、という意味で」
付け加えるように言う。
「あの声で歌われたら、断れなかった。それだけ」
「白崎さんも、断れなかったじゃないですか」
「……」
一瞬、朔が固まった。
「……揚げ足を取るね」
「すみません」
「謝らなくていいって言ったでしょ」
でも口元が、ほんの少しだけゆるんでいた。
笑ったのかもしれない。一瞬だったけど。
「鷹宮さん」
「はい」
「想の声、聴いたことある?」
「まだ練習中しか」
「ちゃんと聴いてみて。何かが変わるから」
「何かって」
「聴いたら分かる」
朔はまた本に目を落とした。
それ以上は教えてくれなかった。
(何かが変わる、か)
その言葉が夜になっても頭の中に残っていた。
