腐れ縁なボーイ

大会当日。


私たちはもう会場に着いていた。


雲ひとつない晴天で大会日和とはまさにこのことだと思う。


部のみんなもいつも以上に気合いが入っているようでちょっと緊張した空気感が漂っていた。


「めぐちゃん、荷物置いた?なら準備体操しよ」


「うん!」


テントの中に荷物を置いてすぐに圭のところに行く。


靴紐をキュッと結び直してから二人して走り出した。


いつものようにランニングしてからフットワーク。ストレッチまでして準備運動は一旦終わり。


足を捻ったりしたらコート内を走り回れないからね。


「ねーめぐちゃん」


「どうした?」


ランニングを終えて、フットワークも終わらせてストレッチしながら一息ついていた時。


「ありがとね。いつも俺と準備運動とかしてくれて」


「え?」


まさか圭からこんな言葉が聞ける日が来るとは夢にも思っていなかった私はびっくりして思わず声が漏れた。


圭がこんなこと言い出すなんて……。


「もしかして圭、熱でもあるの?」


「いやないけど」


さっきまではいつも通りだったのにどうしたのだろうかと心配になり、ついおでこに手を持っていく。


手のひらで温度を確かめてみるけど、
うん。全然大丈夫。熱はない。


「なんか言っとこうかなって」


「やめてよ。そんなこと」


圭がそんなこと言い出したら私はいくら時間があっても足りなくなっちゃうから。


「そうだな。なんかしんみりした感じは嫌だし」


「じゃあ対戦表でも見てこようかな」と言って圭は歩いていってしまった。


「変なの……」


私もちゃんと"ありがとう"を言葉にするなら今日の試合が終わってからにしよう。


そう心に決めて私はテントに戻った。


テントには多木先生の姿もあって急いで近くまで走る。


「今日が最後の大会の人もいるかと思います。泣いても笑ってもこれが最後。みんなこれまで身につけてきたものを全てぶつけてきてください」


「「「はいっ!」」」


よし、頑張ろっ!


今回の大会は団体戦が先に行われてその後にシングルス戦が行われる。


個人戦じゃなくてシングルス。


だから私と圭は最後の大会なんだよね。


みんなで団体戦の応援をするからぞろぞろとみんなはテントから出ていった。


団体戦は応援できるから楽しくて好き。


声が枯れそうなほどみんなで応援した団体戦。


その結果は2勝。2勝はできたけど、その次の相手が強くて惜しいところまで行けたけど勝つことはできなかった。


『ただいまより、シングルス戦を始めます』


シングルス戦、始まる……!


すーはー。


何回か深呼吸してぎゅっとラケットを握った。


「よし、楽しもう!」


1勝、2勝、3勝。


そこまでは難なく勝ち進むことができた。


今やってる試合に勝ったら準決勝。


最後の最後まで気は抜けない。


「ツーオール」


今は私がレシーブのターン。


相手からのカットサーブを相手コートに返して下がる。


構えをとってから相手がこちらに打ち込んできたボール拾おうと足を動かした。


逆クロスの線ギリギリっだけど、取れる!


そう思った。


いつもの私だったら絶対に取れるはずのボールだった。
なのに……。




–––ぐぎっ




「え……?」


右足に鋭い痛みが走った。


どんどん体が傾いていくのを感じながらも私はずっとボールから目を離さない。


とん、とん……


ツーバンしたボール。それからコロコロと転がっていくのをコートに倒れ込みながらただ眺めた。


一瞬、何が起こったのか分からなかったけどすぐに状況は飲み込めてしまったんだ。


私さっき、"足を挫いた"んだって。


どくん、どくんと心音だけがやけにうるさくて立ち上がれないのに頭だけはフルで回転していた。


どうしよう。今から立ってちゃんと走れる?どうしてこうなったの?ちゃんと準備運動は入念にした。


朝ごはんだってちゃんと食べてきたのに。


なのに、どうして"今"なの……、


とにかく立ち上がらないと。まだ試合は終わってない。


「大丈夫ですか?」と誰かが言ってくれた気がしたけど、よく聞こえなくて今はただ立ち上がることに専念した。


何とか立ち上がって右足をちょっと回してみる。


「いたっ」


ちょっと動かしただけでもこの激痛……これはもう走れない……。


それからのことはよく覚えていない。


ちゃんと最後まで試合はしたしできることはやった。


だけどどうしても足が、痛みが、言うことを聞いてくれなくて結局ボロボロに負けて。


歩くたびズキズキする足をなるべく使わないように引きずって歩いて、コートから出て。


テントに戻れる気がしなかったからとりあえずそこら辺の人気の少ないところに逃げ込んだ。


「何してるんだろう、私……」


最後の大会だってあんなに張り切ってきたのに。


なんで、こうなったんだろう。


もっとちゃんと準備運動してればよかったのかな。


それとも朝ごはんが足りなかった?


靴の履く順番間違えたとか?


考えれば考えるほど悔しくて虚しくてどうしたらこの気持ちは消えてくれるの……、


「めぐ!」


俯きかけていた。真っ暗のような気がしていた私の視界に急に圭が入り込んできて。


ぎゅっと私のことを抱きしめてくれたんだ。


何も言わずに、何も聞かずに、ただ抱きしめてくれた。


それが今の私にはすごくありがたくて思わず圭の背中に腕を回した。


ずっと金縛りみたいに手から離れてくれなかったラケットを置いて圭の背中にしがみつくみたいにぎゅって。


「めぐは頑張ったよ。最後まで諦めなかったじゃん」


「うん……」


「小さい頃のめぐならぼろぼろ泣いて多分途中で試合投げ出してたよ」


「うん……」


「最後まで、よく頑張ったな」


「うん……っ」


まるで絶対に傷つけてはいけないものに優しく触れるみたいな手で私の頭を撫でてくれる圭。


そんなことをされて、私が平常心でいられるわけがない。


気が付けば私はぼろぼほと涙をこぼし視界が完全にぼやけていた。


いろんな感情が込み上がってきて圭の背中に回している手をぎゅっと握る。


圭の肩に顔を埋めてとにかくぼろぼろ泣いて。


悔しかった。最後までやりたかった。絶対に負けたくなかった。


いろんな思いがあるけど、1番はこうやって私の元に圭が来てくれたことが嬉しくて半分は圭に泣かされちゃったようなもの。


「おーいそんなに泣いたら目腫れるぞ?」


「ん、わかってる」


グスンと鼻を啜りながら顔を上げるとニコッと優しく笑う圭と目が合った。


「もう目腫れてる。蚊に刺された?」


「うるさいっ」


ばしんっと圭の肩を叩いたけど、もう一度だけ圭にぎゅって抱きついた。


「来てくれてありがと」


「うん。もう落ち着いた?」


「うん」


「足は大丈夫?」


「まだ痛いけど、ちょっとはマシになったかな」


「そっか、よかった。あとでちゃんと医務室行けよ?」


「はーい」


そう言って勢いよく顔を上げる。


「今から試合でしょ?頑張ってね」


「おう!」


ザッと立ち上がったって勢いよくガッツポーズを作った圭。


「観に来れそうだったら来てね。絶対負けないから」


「うん!絶対観に行く」


医務室に行ってから試合を観に行っても絶対に間に合うはずだから。


「じゃあ行ってくるな」


「うん。頑張って!」


ニコッと笑って私の頭をもう一度撫でてくれた。


今度は撫でるというよりわしゃわしゃって感じだったけど。


圭の後ろ姿を見届けて私も立ち上がった。


まだ痛いけど、歩けないわけじゃない。


そう思ってすぐに医務室に行った。


医務室から出てその足で圭が試合をしているコートまでゆっくり歩く。


足は結局捻挫だと言われた。


激しい運動は控えるようにって言われちゃったから当分は走り回ってラケットを振ることはできそうにない。


残念に思いながら一歩一歩歩いているとやっと圭を発見。


ベンチに腰を下ろして圭を目で追う。


「あと一点で左のにいちゃんが勝つってよ」


「まじか!あのにいちゃんめちゃめちゃ強いもんな」


あと一点なんだ……!


ベンチの近くで腕組みしながら話していたおじさんたちの会話を盗み聞きすると本当にぴったりのタイミングで来れたみたい。


ラスト一点。


今は圭がサーブ。


あ、今回はオーバーで行くんだ。


高いトスが上がった時、あの日の堀さんたちとした試合を思い出した。


「入るよ……」


緊張の一瞬。


–––バコンッ


圭のサーブがコートに突き刺さった。


相手も反応できておらず完全に棒立ち。


線ギリギリだったから副審の判断を待つ。





腕がゆっくりと動いて……





ピシッと動いた腕は、"イン"を示していた。


「やった!!勝った!!」


そこらじゅうから上がる歓声。拍手。口笛。


色々な音が圭を心から祝福していた。


圭はというと本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべていて。


バチッと目があるとピースを体の前に突き出した。



"お・め・で,と・う"



口パクでそう言うと"あ・り・が・と・う"と帰ってきた。


私は嬉しくて嬉しくて、手のひらが痛くなるほど強く拍手を送った。


それからは表彰式やら撤収作業やらで、私は圭の表彰式を見たかったんだけどテントの片付けに行かないといけなかったから見れなかったの。


まあテントの方に行っても足怪我してるんだから座ってて!とキツく紘ちゃんに言われてしまっておとなしくしていた。


「じゃあ帰りますか、めぐちゃん」


「うん!」


片付けも表彰式も全てが終わってみんなと解散。


私と圭は意外と家が近いということで歩いてきていた。


「その足で歩ける?めぐちゃんの母さんに連絡したら?」


「うんん大丈夫。そこまで遠くないし歩いて帰るよ」


「ほんとに大丈夫?」


「大丈夫!」


さっき医務室でもちゃんと診てもらったしね!


圭はあまり納得していないみたいだったから、強引に腕を引いて歩き出した。


もう日が沈みかけていて綺麗なオレンジ色の空が一面に広がっていて。


そんな景色を眺めながらゆっくりと道を進んだ。


「あ、ちょっと待ってて」


「?うん、わかった」


ちょうど家まであと半分のところで急に圭が何かを思い出したかのように立ち止まった。


ドタドタとコンビニに入って行ったから何か食べたくなったのかもしれない。


試合もいっぱいしたし、私もちょっと何が食べたいかも。


そう思ってコンビニの前まで行った時、ちょうど圭が出てきた。手には二つのおにぎりを持って。


「はい、これあげる」


「いいの?」


「どうぞー」


ポイっと放り投げられたおにぎりはツナマヨ味。


私がおにぎりの具の中で1番好きな味。


やっぱり何でも知ってるな圭は……すご、


圭の私理解度が高くて驚いたけど、ちょうど腹の虫が鳴り出したのでありがたくておにぎりを頬張った。


「うまっ」


「今日は俺ら頑張ったからな」


「だね!」


あまりにも遅いとお母さんが心配するからと口いっぱいにおにぎりを入れて歩き出した私たち。


もぐもぐしながら圭と歩く道はいつもと一緒なのに何か違うような気さえする。


頑張って高速噛みをしておにぎりを平らげた。


圭は私よりも早く食べ終わっていたのか優雅にお茶を飲んでいたけど。


「本当に今日はありがとね圭……というよりいつもありがとう」


「どうした急に?」


「言いたくなったのー!」


「もしかして別人……⁉︎」


ハッとオーバーリアクションですぐにバカにしてくる圭。
これもいつものこと。


だけど、ありがとうはいつも思ってる。


圭の長く伸びた影の背中には二人分のラケットが顔を覗かせていた。


やっぱり圭と一緒にいれてよかった。


いつも隣にいてくれてありがと、圭。